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Solid戦記(笑)

メタルギアソリッド(MGS)シリーズのファン。MGSネタ以外にも、ゲーム、小説、映画、アニメなどの感想を書きます。
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Author:Solidrb
自他ともに認めるMGS(メタルギアソリッド)フリークス。
その証拠に、当初はもっと幅広く話題を扱おうかと考えていた(←大嘘)このサイトも、ずるずるとMGSネタオンリーブログになりかけてきている。

SFを中心に、様々な作品に触れようと目論んでいる。
が、生来のヘタレゆえ、なかなか数がこなせない。

twitterや読書メーターもやっているので、そちらにも是非いらしてください。

○注意書き
・コメント、拍手
常に餓えておりますので、古い記事にもぜひ気軽にどうぞ。名前欄はテキトーでもおkです。
(今後どうなるかはわかりませんが)全レス主義で臨みます。
コメントは承認制を採っていますが、スパム以外は基本的に消さない方針です。

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2011年読書記録、あとベストテン

○序文
毎度のことですがお久しぶりです。
Twitterの呟き数はアホみたいに増えたものの、こちらはちっとも更新しておりませんでした。10か月もの間、ブログトップはエロゲのエロシーンの話。これはひどい。


○説明
読書メーターの機能を利用して、去年(2011年)に読んだ本を晒します。一月中にやろうと思ってゆるゆると書いていたんですが、何だかんだで月をまたいでしまいましたね。すいませんつい。


○内訳
読んだ本の内訳です。
・海外小説…22冊
・国内小説…16冊
・実録…11冊
・評論…2冊
わりと軍事系の実録物を多く読みました。ベストにも選んだ『CIA秘録』の物量は圧巻ですが、例の映画の原作でありもとは新聞記事らしい仕立て直しが巧い『ブラック・ホーク・ダウン』、『ブラヴォー・ツー・ゼロ』の作者が「それまで」の半生を詳細に綴った『SAS戦闘員』も良いものでした。「イラク以前」であるという泣き所はあるものの、民間軍事会社の成立を多方面から分析した『戦争請負会社』も忘れちゃならねぇ。
海外小説について言えば、SFはさほど多くないですね。初夏に読んだ『華氏451』がイマイチ合わなかった(しかしこの解説は本当にバカだと思う)のもあり、年末の『ディファレンス・エンジン』まで随分と空いてしまいました。ささやかなものですが、ラテンアメリカ方面を開拓できたのは良かったと思います。


○選抜
ベスト10とそれぞれの寸評を。

・ディファレンス・エンジン(ウィリアム・ギブスン、ブルース・スターリング)
ンだよコレ、大傑作じゃねぇかおい。お前らが読みにくい読みにくい言うから、随分遠回りしちゃったじゃねぇの。
いや素晴らしい。某プロジェクトの大将がオールタイムベストに推していたスチームパンク(の皮を被ったサイバーパンク)。蒸気コンピュータの開発から派生した様々な技術の象徴として、恐竜研究を持ってくるあたりでもうやられる。滅びた巨獣がどのように大地に覇権を敷き、そして滅び去ったのか。現実よりずっと早く恐竜の正しい生態を解明できても、その末路を斉一説的では無く激変説的に捉えてしまう…という「合理的な歪さ」に、このシミュレーション小説の縮図が込められている。これは確かに、懐古趣味を前提に書かれたのではなく、あくまで実際の歴史の裏に通ったテクノロジーの変遷を考察した小説なのだ。
あ、読みにくさについてはスキズマトリックスに比べれば全然でした。むしろ読みやすいくらい。あたしもう、黒丸訳は普通に馴染むカラダになっちゃってる…。

・夜の果てへの旅(セリーヌ)
第一次大戦の戦場の理不尽、それが銃後にもたらした混沌、帝国主義がしみこむ未開のアフリカ、矛盾を含んだ資本主義の最前線であるアメリカ、と20世紀前半の世界を流転した末、住み着くのはまた故郷フランスの貧民街。主人公は医学生であり、貧民街に住みつく直前に復学し医師免許をとって町医者として生活を始めるあたり、一応インテリ階級なのだが、そのあたりは割とさらりと流して、どうしようもない憂世への嘆きを作品全体に通してしまう、一種無力感を浮き彫りにするような筋運びは、皮肉やスラングに満ちた文体を通して、逆に印象に残る。「フランスのお文学なんてお堅そう…」なんてありがちな先入観で二の足を踏んでいたが、全然そんなことは無く、むしろ後述の某自己破壊小説に近いくらい。

・CIA秘録(ティム・ワイナ―)
読書メーターの上巻感想にはああしたネタを書いたが、まぁCIAなんて大体のフィクションでは硬直しきった官僚組織として描かれているような気もする。とはいえその実情を、成立から現在まで圧倒的な物量(※注釈の章の量がこれまたやばい)で描き切ったこの本を読むと、なおさらあのダメダメ感に実感らしきものを覚えてしまうのでした。
僕が多くの陰謀論に対してどうしても疑い深くなってしまうのは、やはりああいったものはえてして「組織は多数の人間によって運営される」という当たり前の前提をどっかにぶん投げて、少数の陰謀屋の万能性に拠りかかっているからなのだ。例えばCIAの失敗として名高いピッグズ湾事件。フィクションでは「たった一人内通者が居た」というような事項に失敗の原因全てが集約されることが多いし、空爆支援の中止についてはケネディ大統領の弱腰のせいにされる。だが実際には(※この本を信じるならば、という前提は勿論付くが)亡命キューバ人を1500人も集めて訓練する段階で情報などダダ漏れだったというし、ケネディ一人の愚策に責を求めるよりはむしろ組織間の連絡や、「成功すること」より「実行すること」に重きが置かれて暴走した事前準備などに原因を見るべきだったようだ。
この本は基本的には長官や担当官、そして政治家など、陰謀屋のリーダー的な人物に焦点を当てているが、やはり肝心なところでは「当たり前の前提」を失わず、組織としての成功と失敗を詳らかにしている。
「よく聞くCIAって実際にはどんな組織?」という疑問の答えを求めるにも、冷戦前・中・後の20世紀アメリカの黒歴史を知るにも、ただ単純に民主主義社会における組織の理不尽さを見るにも、非常に有益な上下巻。

・Fate/Zero(虚淵玄)
漫画やアニメ、ライトノベル、ゲームその他諸々、命をかけた極限の殺し合いゲームに参加する登場人物らってのは何とも「極端」だ。勝利によって叶えられる願いのため、あるいは戦いそのものから得る愉悦のため、己自身を一つの感情のみで出来た存在へと律して削りあげていく。しばしばその極端さは、ゲームそのものの厳しさ面白さよりも読者に強い印象を残す。例えば我妻由乃ちゃんは愛が重すぎて可愛い
この小説にしても、どいつもこいつも己の律に対して忠実で極端だ。そのようにして、あるものは破滅し、歓喜し、あるいは己を見出す。三人の王が聖杯にかける願いをそれぞれに語る「聖杯問答」など、それぞれの王がどれだけ自らの律に対して極端であったかを示すその激しさは、決闘そのものに勝るとも劣らない。
そしてその「極端さ」は、この物語の終わり…次の物語の始まりでもある…に、切嗣が、己が持てなかったもの、そして息子が持ったものとは何なのか、そのたった一つのことが明かされるそのときに、やりきれないほどの美しさをもって心に迫る。
まだまだその「極端さ」を持てていない少年が偉大なる王に魅せられて遂げる成長劇もまた、あらゆる意味で読者に与えられた救いだと思う。あれは熱い。
アニメの第二シーズンも楽しみですな。第一シーズンはさすがのクオリティだったけど、やや自主規制に足を引っ張られるところもあり、また、文字情報量の過剰さを処理しきれてないところもいくつか見られ、もっと突っ張ってほしいな、とも感じました。人間オルガンとか、ぱんつはいてないとか、な!
それと、不届きなことに自分、原作ゲームはまだやってないンですよね…総プレイ時間100時間と聞いて尻ごみしており…日頃「MGSファンを名乗ってる癖に1は古いからってやってない奴は死ね」とか喚きまくってるのに…これは良くない、良くないな…。

・悪童日記、二人の証拠、第三の嘘(アゴタ・クリストフ)
「悪童日記」「二人の証拠」と続いて「第三の証拠」へと至る三部作。はっきり言ってどれもそれぞれに亡命文学の傑作なのだが、単独では無く連作として見た場合、「こういうのもあるのか!」という驚きがなお強まる。というのもこれら三部作、舞台や登場人物に共通点はあるものの、しかしそれぞれ大きく設定が異なる。しかもその差異も「小説自体が主人公らによる手記であり、その真偽がわからないゆえに、どれも真実でありどれもが虚構である」という事情の上に揺れているのだ。例えば第一作では「ぼくら」という一人称複数をほとんど一人称単数のようにして使って日記を書いていた双子は、第三作では双子などでは無い他人であることになっている。そもそもこの連作、具体的な国名や年代を明かしていないため、どこの国のどこの出来事とも取れる。作者があえて母国語を使わずに書いたと言うことと併せても、こういった曖昧さがかえって真実味と切実さを持った普遍性を与えている。
作者は2011年の7月に亡くなったそうだ。ほかにもいくつか短編を遺しているようなので、それらも拾っていきたい。
ところでこういう、巻数をタイトルの中に入れる命名法ってなんか好きです。フルメタ短編とかゼロ魔アニメとか。

・ソラリスの陽の下に(スタニスワフ・レム)
やっと読みました許して下さいお願いやめてぶたないで。
レムを初めて意識したのはMGS3限定版の付属冊子だったと思います。ゲームそのものにはあんまり関係なく、冷戦の時代を生きた著名人の話を集めており、小松左京やら角川春樹やらも連れてきていて、妙に豪華な一冊でした。レムの文章としても久々の邦訳だったらしく、某プロジェクトの大将も驚いていましたね。その頃僕は小説など殆ど読んでいなかったのですが、あの息苦しい時代、その中心部たるソ連にあって作家として「同志」とともに生きたある日を回想した文章が印象に残ったものです。
亡くした恋人との邂逅というある程度わかりやすい形式は端から崩すためにとられているのですが(映画版では崩さなかったようだ、それでうまく行ったのか?)、それゆえに、全てを知りえることは無くとも探求を続ける主人公の、複雑さを増していくその考え方が浮き彫りになって、ソラリスの海というあまりにユニークな地球外生命体とのコンタクトが伝えられます。
あえてファーストコンタクトものとしてのスタンダードな形式もとっていません。研究して、遭遇して、感動して、というような劇的な最初の瞬間は、本編のずいぶん前に過ぎたようです。そしてそれゆえに逆に、主人公が「海」と接触する様は、本人にとっては新鮮さを増しているかのように思えます。コミュニケーションの可能性と不可能性、今ではどちらかといえば人間の機構や社会の生成というところに軸足を移して語られることですが、ひたすらに未知であるものへの探求を描くには、やはりこういうのがどうしようもなく強い。
タルコフスキーとソダ―バーグによる二本の映画版、それと検閲食らってないバージョンが載せられた愛蔵版との相違をまだチェックしとりませんね。サイバネティックス的な部分が当局の不興を買ったのでしたっけ。なにゆえそんなところに。歴史の問題としても面白いな。じゃぁ「サイボーグスペツナズ軍団上陸!」みたいなアホ映画は時代考証的にダメなのか。

・あなたの人生の物語(テッド・チャン)
やっと読みました許して下さいお願いやめてぶたないで2。
ロジックやガジェットの稠密さよりアイディアの精密さで攻めてくるSFってそういやあんまし読んでないな、と思ってたところで侵攻してきた圧倒的名作短編集。地球外生命体の文章記述法から時空認識の形態へ、研究者であり後に(現在でもある)母ともなる語り手の、回想(というのも正しくない)によってしめやかに語られていく表題作は現代の最先端をいくSFでもう言うまでもなく素晴らしい。それでいてバベルの塔やら精子ホムンクルスやらといった、今や懐かしさの果てに失われてしまった主題やら学説を下敷きにして、それでもまぎれもなく「いま」のSFアイディアを押しだしていく緒作もいい。いま流行りの意識の存在の問題だけではなく、これまた外せない生命科学にともなう倫理問題のあれこれについても書いてのけてしまうのですね。表題作と同じく小説としての構造自体からSFとして攻めてくる「0で割る」も美しすぎる。
個人的には「理解」のスーパー人間が好きですね。百舌谷さんの対ジジイ過去エピソードの元ネタってこれかよ。相変わらず妙なところを突いてくるなぁあの漫画は。
(日本の訳者やファンからも直接イジられるほど)寡作な作家らしく、日本で出た単行本はまだこれだけのようですが、最近SFマガジンに何度か載ってたようだし、そろそろ何か出るんですかね。これだってゼロ年代最高とか言われてるけど実は90年代がだいぶ混ざっているという。
そういやトップをねらえ2!の最終話タイトルってコレなんでしたっけ。1は見たんですけどね。

・戦争広告代理店(高木徹)
僕の好きなゲームの一つであるタクティクスオウガ、劇中の勢力図のモデルは、ユーゴ紛争だそうです。ドルガルア王はチトーだったりするわけですね。映画『アンダーグラウンド』なんかもいいですよね。しかし、この本で扱われてることは紛争そのものやそれに関わる人の様相だけに当てはまる話ではありません(もっとも、簡単な推移はしっかり書かれていますが)。
去年、漫画の表現規制にかかわる都条例の問題についてオタク界隈で騒ぎが起こりましたよね。オタク界隈から一般へと問題の重大さを伝える手段の一つとして、ニーメラーの「彼らがはじめに共産主義者を攻撃したとき…」がよく使われました。自分に直接かかわりが無いからと言って弾圧行為に無関心でいれば、いつか訪れる自分が弾圧されるそのときになって騒ぎ始めても遅い…という内容の詩です。あの詩を広める戦略、たしかに効果はあったのでしょうが、どうしようもなく致命的な弱さがあります。それはこの本で明らかにされていることと似ています。
ユーゴ紛争中に起こったとされている、セルビア人によるムスリム人の大量虐殺。このことを聞けば、誰もがあのホロコーストを思い浮かべるはずでした。しかしこのことを世間に広めて世論をムスリム人側に誘導しようとする「広告代理店」の担当者ハーフは、あえて「ホロコースト」という言葉を用いることを避け、新たに強烈なキーワードを選びました。それがあの有名な「民族浄化(エスニック・クレンジング)」です。この、まるで民族を汚物のように扱うことを想起させるキーワードはマスコミに送られる定期通信や政界を通して、世界中に広がり、やがて多国籍軍の対連邦介入へと繋がっていきます。
「ホロコースト」を使うと、「あのホロコーストとその問題を一緒にするな」という強い反発が避けられないのです。ましてや表現規制の問題は「所詮エロだ」という弱みがある以上、よりこの反発が効いてきます。
もっともその「民族浄化」の実態についても色々と疑義が挟まれています。実際の虐殺の証拠の有無、収容所の存在の不確かさ、ムスリム人側の残虐行為の存在。しかしそれらの不利な事実も、「代理店」は巧みな手腕で隠して世論を誘導していきます。報道に疑問を挟んだ現地の多国籍軍ベテラン司令官すら解任に追い込んだほど、苛烈かつ隠匿された戦略を以て。
「伝えたいことのみ伝える、伝えたくないことは伝えない、しかしあからさまな嘘はつかない」という報道編集の原則、ネットコミュニティに属する我々が「偏向報道」や「マスゴミ」といったキーワードで片づけてしまうことがどれだけ実際の世界で力を持っているのか、実感できるドキュメンタリーです。先程あえてエロ規制の問題に矮小化して例を挙げたように、戦争などの重大な問題以外にも様々に応用されているのです。「中国からの依頼を聞いてハーフが出発する」というラストで締めくくられていることが脅威をもって迫ります。決して胸糞のいい手段ではありませんが、そんなこと言って留まるよりは、しっかり応用すべきなのでしょう。
あ、テレビ番組版も見たいですね。

・ファイト・クラブ(チャック・パラニューク)
「えー自己実現?キモーイ!自己実現が許されるのは大学生までだよねー!」
「そうだ、自己実現に本質は無い。自己破壊こそが本質だ」
勿論フィンチャー監督の映画から参りました。最近コメンタリー聞いたけど、監督と主役一緒になっての批評家叩きが面白い。小説は絶版しているのでなかなか手に入らなかったのですが、twitterで「読みたい」オーラを放っていたら、親切な方から恵んでもらえました。感謝。
「ぼく」とタイラーの出会いの場面が映画とは違ってまた素晴らしい。ヌードビーチに柱を五本ほど突き立てて、影絵で仏さまの掌を造るんですよ。んで、そこに坐るの。掌は一瞬しか象られないけど、完璧な一瞬にはその価値がある。
映画では話が進むにつれタイラーの先鋭性についていけず疎外されていった「ぼく」が原作では協力的な分、一人称で語られる自己破壊の物語にはより切迫性がありますし、また、ラストも違います。この違いは現世利益と欣求浄土の違い、と纏める事が出来るかも。先程出会いのシーンについても触れましたが、仏教的な無常感を思わせるモチーフが多いです。
パラニュークの他の本、あまり手に入りませんよね。新作も訳されてないみたいだし。出版社や訳者のトラブルが噂されてるんでしたっけか。ファイトクラブの訳は非常にキレがあって素晴らしかったけど。
あと、フィンチャー監督と言えば最新作のドラゴンタトゥーの女を観に行きたい。
ぼくはレイモンド・K・K・K・K・K・ハッセル君だ

・族長の秋(ガルシア・マルケス)
ラテンアメリカシリーズのひとつ。バルガス・リョサのノーベル賞受賞を受けての集英社文庫の復刊でしょうかね。他にはボルヘスの『砂の本』など。
年度初めに読んだ『ペドロ・パラモ』もそうでしたが、残酷な父性を帯びた、醜い暴君による、小さな国家の独裁の様子が、時間と空間の交錯した構成によって描かれています。簡潔な文体であった『ペドロ・パラモ』に比べ、こちらは段落改行が全くないまま、語り手の切り替えも交えてひたすらに続く、装飾的な文体です。とはいえ不思議と読みやすく、それは何故なら、牛馬が走り回り妊婦が糞と子をひり出す異様な空間が形成された宮殿の様子が、異様なままに鮮明に伝えられるからです。ときおり入る「大統領」の母への呼びかけ、「おふくろよ、ベンディシオン・アルバラドよ」は孤独に苛まれる彼の叫び。もはやブラックユーモアの域に入りかけている彼の残虐な行為との対比と併せて、深い味わいを与えます。
最近だとネットではメキシコの世紀末っぷりがよく話題になりますが、ああいうイメージに合わせて読むのも一興かもしれません。南米というコンキスタドールの矛先の地での社会成立の歪さ、20世紀の歴史にも見える未熟な国家の芽生えとその虚構、そういった事情をあわせて、この「マジックレアリズム」世界を彷徨うべし。


○全貌
読書メーターの機能を利用したリストです。昨年は全てにコメントを書くようにしてたので、結構な量に。

2011年の読書メーター
読んだ本の数:51冊
読んだページ数:16576ページ
ナイス:84ナイス
感想・レビュー:51件
月間平均冊数:4.3冊
月間平均ページ:1381ページ

伊藤計劃記録:第弐位相伊藤計劃記録:第弐位相
この一年、ちびちびと読んでいた。亡くなってからもうすぐ三年となり、ますますこの作家の視点の鋭さへの憧れは募る。主にはブログのまとめである以上、書籍としては少々無理矢理な部分は目につくのだが(URLに言及のあるとこなどは削除されてる)、手元にバイブルとしておけるというだけで有難いのがファン根性。これからもしばしば参照させてもらうだろう。なんというか、よろしくお願いします。
読了日:12月31日 著者:伊藤 計劃
隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)
クリスマス中に読む、全てを呪咀しながら読む、という計画はアレしました。それはそうと、噂通りの酷い話だ。戯画的なまでに閉鎖された郊外住宅地の、社会から閉鎖された住宅の、さらに閉鎖された地下室の中で繰り広げられるあれこれ。しかも地下室は元は核シェルター(=冷戦パラノイアの名残)だったというのもまた、裏スタンドバイミーというか闇アメリカンビューティーな構造に寄与している。文体的にもシンプルな一人称で見る側の狂気を示す。個人的には、小学生時代の先生…基本はまともだが、今思い返せば共同責任主義が病的だった…を回想。
読了日:12月31日 著者:ジャック ケッチャム
ディファレンス・エンジン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)ディファレンス・エンジン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)
冒険や陰謀といった聖杯探求的な部分が比重を増し(特に第四章)、激変的な盛り上がりを呈しながら、最後は細部にスプロールするように締めくくられる。この構造も、(恐竜の暗喩と同様)技術と社会の変革をたとえているものだろう。レイディ・エイダの演説や巻末の解説にあるように、自己言及を骨とした知性の考察は電脳三部作では薄かった部分であり、最後に明らかになるこの小説というテキスト全体の正体にも繋がる気持ちよさがある。
読了日:12月29日 著者:ウィリアム ギブスン,ブルース スターリング
ディファレンス・エンジン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)ディファレンス・エンジン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)
これは大傑作ではなかろうか。存在したかもしれない蒸気機関社会の暗喩でもある恐竜の扱い方が特に面白い。足をまっすぐに伸ばして陸上を歩む復元図はまさしく現代のものだが、絶滅の原因である隕石落下については未だ激変説的な捉え方を脱していないのだ。科学的に分析する力を手に入れながらも世界観の革新が完全ではない、現実の歴史に科学が果たした役割をも探る架空史。読みにくいと言われてたから敬遠してたが(笑)、むしろスターリングのアイディア鉱脈をギブスンが整地してくれてるような。
読了日:12月29日 著者:ウィリアム ギブスン,ブルース スターリング
フルメタル・パニック! アナザー2 (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック! アナザー2 (富士見ファンタジア文庫)
楽しげな新キャラや新ASも顔見せされ、主人公とヒロインとの距離にも戦いへの姿勢を通して変化の兆候が見られ、ますます楽しくなってきた。本編長編ほどではないながらも、一巻よりも一つの話としてまとまっていると思う。ラムダドライバほどの威力はなくとも、それだからこそロマ…ロックのある主人公機、ボスサベージなど、性欲を持て余す。
読了日:12月21日 著者:大黒 尚人
紅い花 他四篇 (岩波文庫)紅い花 他四篇 (岩波文庫)
象徴の狂気にのめり込んでいく表題作は無論、戦争のあとにこそ残る凄惨を皮肉的な語り口で綴る「四日間」、温室という閉鎖された舞台で「出る杭」でしかなかった樹を描いた「アッターレア・プリンケプス」、と粒揃い。それとこれはリズムある訳も心地よい。
読了日:12月21日 著者:ガルシン
あかね色シンフォニア (一迅社文庫 み 3-3)あかね色シンフォニア (一迅社文庫 み 3-3)
DTMは全然知らなかったけれど、初心者にも興味を持たせる語り口で、なかなか。百合分も補給。しかしキャラが多い割に出番に差があるし、これで続きがないのは残念…特にお姉ちゃんw。あまがみの方も読んでみよう。
読了日:12月21日 著者:瑞智 士記
伊藤計劃トリビュート伊藤計劃トリビュート
故人の小説は一人称で統一されていたが、あえてそれにそっくり従うことなく、「意識とは・フィクションとは・人とは何か」といった主題にメタ視点も交えて切り込む姿勢に好感。どちらかと言えばハーモニー系統の、個人の意識の変容にスポットを当てた作品が多いが、自明さの喪失(C・神林長平)という虐殺器官的な要素も見逃せない。頭の二作と後ろの二作が特に好き。もう少し詳しい感想も書きたい。
読了日:12月21日 著者:里野佐堵, 船戸一人, 水なづき蕎麦, 谷林守, 春眠蛙, 坂永雄一, clementia, 伴名練
夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)
フランスに戻り、医大を出て、貧民街でこれまた夢も希望もない医師生活を始める主人公バルダミュ。舞台規模は前巻より狭まり、彼に付きまとうようにして現れるロバンソンとの対比が中心となる。教育の重要さをながらもあえて自らの学生生活は詳述せず、バリトン先生への教育の皮肉な結果をぶちまけるあたりが実に「らしい」。巻末解説に引かれたトロツキーによる評は的を射ており、同時に大々的な変革を夢見ずにしかし事を綴る様には共感を覚えてしまったり。
読了日:11月16日 著者:セリーヌ
夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)
狂奔のうちに戦場へ、復員してもなじめぬまま、搾取の地アフリカへ、そして現代の地アメリカへ。戦争と平和、未開と文明、互いに行き来しても破滅的な本質は変わらない。不満をぶちまけるような、しかし達観したような、されど俗っ気は保ったまま、感嘆符や倒置を活かした烈しい文体で綴られる世界。
読了日:11月15日 著者:セリーヌ
CIA秘録〈下〉―その誕生から今日まで (文春文庫)CIA秘録〈下〉―その誕生から今日まで (文春文庫)
フィクション上の万能組織はおろか、「君達の成功は秘匿され、失敗は喧伝される」という例の標語すら大嘘だというお話。元首に媚びなければ動けず、議会の圧力もまともに働かない。諜報機関の欠陥からもはや民主主義そのものの欠陥すら容赦なく暴きだす力作。下巻は911以後のCIAとアメリカが冷戦期と比較してもどれだけヤバかったかという話がやはり見所。
読了日:11月02日 著者:ティム ワイナー
CIA秘録〈上〉―その誕生から今日まで (文春文庫)CIA秘録〈上〉―その誕生から今日まで (文春文庫)
久々にワロタ こういうかなりどうしようもない泥沼官僚組織が本当のCIAなんだよな 下手なフィクションはやたら万能の陰謀組織として扱おうとするから困る
読了日:10月19日 著者:ティム ワイナー
Fate/Zero(6)煉獄の炎 (星海社文庫)Fate/Zero(6)煉獄の炎 (星海社文庫)
少年期の終わり、希望の果て、願いの代償、そして相克する虚無。すべてがゼロに向けて収束していく(1から先つまり原作もやらにゃあな)。「誓い」に答えを見出だして未来へ繋がられるラストがとても美しい。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(5)闇の胎動 (星海社文庫)Fate/Zero(5)闇の胎動 (星海社文庫)
呵々々々、覿面じゃ喃。本格的に動き出した綺礼さんの悪辣さに震えるばかり。そして雁夜おじさん…。切嗣の起源も語られ、綺礼との虚無性の違いもかなり見えてくる。そしてライダー陣営に癒される。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(4)散りゆく者たち (星海社文庫)Fate/Zero(4)散りゆく者たち (星海社文庫)
龍之介の哲学には自分も容易にはまり込んでしまう気がしてならなかったり、 …乱戦からまた乱戦へと連鎖する英霊たちのバトルの熱さと、陰謀から陰謀を紡ぐ魔術師達の冷たい戦い。この残酷な結末もまた覚悟の先にあるものだ。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(3) 王たちの狂宴 (星海社文庫)Fate/Zero(3) 王たちの狂宴 (星海社文庫)
邪道対正道、人間対ターミネーターの魔術師勝負とくれば燃えざるをえない。それ以上に胸に迫るのが三王の問答か。良くも悪くも「強固な極端さを保った人間」でなければならない王という存在の何たるかを問い、今一度キャラクターと勢力図を明瞭に。この頃からいよいよセイバーたん総受けである。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(2) 英霊参集 (星海社文庫)Fate/Zero(2) 英霊参集 (星海社文庫)
日常が終わり、緊迫の一騎打ちへ。そこに意気揚々と乱入する勢力、虎視眈々と監視する勢力。一気に宴が盛り上がるかのよう。ある意味で期待どおりの狂態を見せるキャスター、綺礼を唆すアーチャー、やっぱり惹かれるライダー、脇役も素晴らしい
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(1) 第四次聖杯戦争秘話 (星海社文庫)Fate/Zero(1) 第四次聖杯戦争秘話 (星海社文庫)
アニメから来ました。不届きながらゲーム未プレイ(ただしある程度のネタバレは知ってしまってる)。戦いの始まり、それぞれの覚悟を描く第一巻。アニメではカットバックで演出されていた切嗣と綺礼が互いの虚無性を畏れ惹かれるところが静かな胎動を感じさせる。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)
三部作の完結。とはいえ完全に明確な繋がりを定めることはできず、かといって勿論別個のお話であるはずもなく、そういった構造が、作品全体に通じる虚構・現実や匿名・署名、普遍・特殊の間の行き来とも絡み合って、亡命の物語をかたどっている。人称の使い方とフィクションの可能性についての考え方を変えた連作。
読了日:09月30日 著者:アゴタ・クリストフ
ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)
前作と間が空いてしまったけど読む。「ぼくら」という人称と語り口の使い方が衝撃的な前作と比べると“普通”に見えるのだが、終章でも言及されているような自明性の不確かさは常に漂う、これまた違った形で揺さ振ってくる作品。「どこにでもいて、どこにもいない」とは死者や兄弟のことであると同時に、この物語そのもののことでもある。さて、早速完結巻へ
読了日:09月27日 著者:アゴタ クリストフ
戦争請負会社戦争請負会社
(年代的に仕方がないが)「イラク以後」については触れられておらず、アフリカやバルカン半島の紛争を通して勢力をのばした数社を例に、この業界を分析する。無論その微細さは目を見張るのだが、それ以上に前半、貴族軍と傭兵と市民軍との関係の歴史をひもとき、「軍は官営されるもの」という現代の常識を覆すところが面白い。冷戦以後の紛争多発・軍縮傾向・世論迎合で軍に柔軟性が不足し、こうした“異色な天下り”である専門職が台頭する背景が合理性をもって理解できる。
読了日:09月19日 著者:P.W. シンガー
フルメタル・パニック! アナザー1 (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック! アナザー1 (富士見ファンタジア文庫)
つい様子見してしまったが、しっかりフルメタしているぜ。本編ファンへのサービスも利いているし。訓練業務提供型の民間軍事会社という設定も巧く、ソ連製のシャドウを使っているというあたりがくすぐる。時代にあわせて(←)主人公とヒロインの役割逆転か、と思ったらそういうわけでもなく、民間出身の主人公も特性を生かして活躍するよう。ヒロインのボケ方も宗介ともまた違った味が。ただ、もう少し一冊なりの締めをしてほしかったか。それじゃ私、ASの名前考えるね。
読了日:09月19日 著者:大黒 尚人
フルメタル・パニック!  マジで危ない九死に一生? (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック! マジで危ない九死に一生? (富士見ファンタジア文庫)
久しぶりのギャグ短編集。300回のこりゃやらざるをえないよね感も好きだけど、やっぱりテッサの墓参りがいいですね(毛色としてはサイドアームだけど)。墓参りの意味を教えあい、これからも生きていこうとする強さが伝わり。「もう一人の根源」である彼の謎が最後に解け、そこから歩みだすというおわり方。しかしテッサとレモンとのフラグは回収されないんでしょうか(笑)
読了日:09月19日 著者:賀東 招二
オーウェル評論集 (岩波文庫 赤 262-1)オーウェル評論集 (岩波文庫 赤 262-1)
帝国主義の理不尽を自らの体験を元に縮図的に描いた最初の二編や、ユダヤ人差別やナショナリズムや出版の自由と規制(自粛)をそれを受容する社会や人々の様相から分析した最後の三編が面白かった。正しさを顕示するための建前、自粛が高じた結果の全面的な沈黙などを正面から非難する姿勢は見習いたい。文学知識の不足ゆえ、文学批評系は理解しきれなかったものも多いのが無念。ところで、一年前に買った本を今崩すとか、いよいよつんでる。
読了日:08月16日 著者:ジョージ・オーウェル
鉄コミュニケイション (2) (電撃文庫)鉄コミュニケイション (2) (電撃文庫)
やっぱりバトルシーンの素材がいい…ガジェット趣味を駆使したメカニック・プログラム・タクティクスの細かさ。絶望への落とし方も相変わらず。しかしオリジナル作品に比べると突き放した面が少ないかな、とも。それゆえに人と機械とその間との心温まる関係がはっきりと描かれてるのだけど。原作は未読だったりする。ところで備蓄の瑞分はあと3、EGコンバットのみだ…
読了日:08月16日 著者:秋山 瑞人
鉄コミュニケイション1 (電撃文庫)鉄コミュニケイション1 (電撃文庫)
繰り返しの表現とか、ソフト面にこだわったバトル描写とか、やっぱりいちいち「巧いな…」と呟かずにいられない
読了日:08月16日 著者:秋山 瑞人
涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)
上巻読了後何となく二月近く積んでいたが、一気に。陰謀以降特に顕著な傾向なのだが、やはりキョンが決意を固める自問自答パートが長い。しかしそれも現在を大切にしようとする心の表れとして、分裂現象とともにある程度綺麗にまとまる。佐々木のキャラ造形は、オチ含めてかなりイイ。SF設定部分はやはりぼかしたまま締めるんだが、まぁそれは続編期待、ということで納得すべきだろうか。どうでもよさげなことだが「やっちまったか」「エロ本」とかを抑制してないのは、がんじがらめ気味なシリーズを抜ける一歩かも(笑)
読了日:08月01日 著者:谷川 流
恐るべき子供たち (岩波文庫)恐るべき子供たち (岩波文庫)
姉さん…。
読了日:07月27日 著者:コクトー
史上最大の作戦 (ハヤカワ文庫NF)史上最大の作戦 (ハヤカワ文庫NF)
「戦場の霧」がまだまだ濃かった時代、その最大の上陸作戦に関係した史料や証言を纏めあげた一冊。次々に変わる証言視点が、寄り集まって戦争の姿をかたどる。ドイツ上層部の失策(ロンメルの休暇、前後を通じての楽観ムード、虎の子の機甲師団の出し渋りetc)が連合軍に増して苦々しい。ただ自分、このへんの人名地名には疎いもので、もっと戦史知識を蓄え地図を広げて読むべきだったかもしれない。
読了日:07月23日 著者:コーネリアス ライアン
砂の本 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)砂の本 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)
吉良上野介に関する記述の「誤り」に(それくらいしか詳しくない)僕は嬉々として飛び掛かろうとしたのだが、ふと、「誤り」と断ずるのは何を以てのことかと思い止まる。無論、今までに読んだ本から得た記憶を根拠としてのことだが、それを思うと、自分の中の迷宮(あるいは帝国の地図)の小ささに恥じ入り、同時にその深みを求める衝動に追われるしかないのだった。旅の栞の一冊としたい。
読了日:07月14日 著者:ホルへ・ルイス・ボルヘス
極大射程〈下巻〉 (新潮文庫)極大射程〈下巻〉 (新潮文庫)
「不器用な男たちだぜ…」と呟ける作品は良い作品。まさに狙撃そのもの、と言うべき忍耐から開放へのカタルシスもあるし、大満足。こうして読むと、あの映画は相当アレなんだな…。続きも読もうかな。何より“忠臣蔵”が気になるしw ところで冒険小説のプロ賛美・政治&マスコミ批判ってのは、パターン化していてもいちち気持ち良くなってしまうな(笑)
読了日:07月04日 著者:スティーヴン ハンター
極大射程〈上巻〉 (新潮文庫)極大射程〈上巻〉 (新潮文庫)
ええ、少々ことが複雑になってきて…
読了日:07月04日 著者:スティーヴン ハンター
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)
勿論焚書のことのみを取り扱っているのではなく、人類と文化とその媒体となる頭脳とを極端な状況でわかりやすく論じている。次第に自由に鮮やかになる主人公の視線は本の成果だろう。クラリスやビーティ、教授といった魅力的・示唆的な人物も。しかしあくまでお伽噺或いは風刺を旨とす。まるで竹林七賢のような解決法(語り部の有効性というのはわりと大真面目に論じられたりするらしいけど)や戦争の捉え方、人と機構との間に働く悪意の作用が密に描かれてるわけではなく、1984程は揺さ振られなかった。ところで出版不況と結び付けた解説は下ら
読了日:06月22日 著者:レイ ブラッドベリ
ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)
やっと読(ry)。未知は未知のままに。つかずはなれずの接点。主人公により調査活動に劇的な進捗が起こるわけでもないという点でも、それは徹底されている。ただの宇宙探索ものに留まらない、人と海とを通して「不完全な神」の周辺で揺れる生命の姿を、幻想的な光景、科学的な考察、人間的な心情の各方面から描きだす、外宇宙以上に内宇宙に入り込む鋭さに飲み込まれた。検閲削除箇所と(レムが罵倒したという)映画版もチェックせにゃ。
読了日:06月09日 著者:スタニスワフ・レム
マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)
豪華予告編集。逆に言えば、本編の大事なとこを整理してくれてもいるということ。変更された設定もいくつか見え、興味深い。短篇で死体の冷凍保存ネタなんかをさらりとロマンティックに使ってしまうあたり、気前がいいよなあ。アノニマスがますます楽しみになるのは勿論、スクランブル改稿版も読みたくなってきた。旧版では些かぶつ切りに見えた成長過程(精神傾向や戦闘技術、etc)がより筋の通ったものに改められたようで。
読了日:05月29日 著者:冲方 丁
族長の秋 ラテンアメリカの文学 (集英社文庫 カ)族長の秋 ラテンアメリカの文学 (集英社文庫 カ)
ラテンアメリカ版裸の王様?改行が全く無く、それでいて断りもなく話者が切り替わったりするのだが、不思議と読み進められる。そしてこのような眩暈を催す形式だからこそ、孤独な独裁者の姿無き姿が内から外から象られうるのだろう。人間離れしているようでどこまでも人間臭く、混沌とした国家と宮殿と自己とどこまでも癒着し、かつ乖離している権力者の詩。さて、積んでる百年の孤独も崩すか…。
読了日:05月26日 著者:ガルシア=マルケス
シャドー81 (ハヤカワ文庫NV)シャドー81 (ハヤカワ文庫NV)
その手が有ったか、なハイジャック小説。計画の積み上げも実行も駆け引きもスピードがあって、特に終盤はハラハラ。サンタさん大好き。超性能なヒコーキは一種の外挿と捕らえりゃ楽しめりゃおk。ベトナム戦争を背景とした政治と大衆の愚かさへの風刺も利いてるので(冒険小説らしい格好良いプロが表なら、役に立たない滑稽なアマは裏側)、そっちの楽しみも。後日談はもうちょい盛ってくれてもよかったかな、とも。
読了日:05月16日 著者:ルシアン ネイハム
フルメタル・ジャケット (角川文庫)フルメタル・ジャケット (角川文庫)
映画から来ますた。ある程度の筋は共通しているものの、やはり違いは大きい。まず、映画で高く評価された訓練所シーンは原作の六分の一に過ぎず、そして映画は原作の三分の二で終わっている。何より、レナードとジョーカーがそれぞれ「一人の人間を殺すまで」を描いた映画とは異なり、出征後の原作ジョーカーはすでに何度かの殺人経験を経てある種の受容の境地に至っている。ゆえにあのトドメに劇的な意味は無いし、彼の皮肉趣味と戦場を見つめる視線は冴えを増している。原作のみのパートである密林行軍、そこの研ぎ澄まされた描写が特に素晴らしい
読了日:05月09日 著者:グスタフ ハスフォード
あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)
やっと読みました。あ、やめて、ぶたないで。それはともかく、流石な出来。エイリアンとのコンタクトから言葉と認識と時間の問題を切り開く表題作の鋭さは勿論のこと、前成説のような前時代的な題材を用いながらも生命機能の解明とそれに伴う倫理問題を描いてのけてしまう「72文字」の器用さにも惚れる。様々な立場の人が技術進化に伴う価値観の変容を論じる「顔の〜」や、構造が美しい「0で〜」も好き。巻末解説にSFとFTの違いとして「前提としてテクノロジーがあるか神的な意志存在があるか」というようなことが書かれてますが、なるほど、
読了日:05月09日 著者:テッド・チャン
ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)
要するに「嘘は言ってませんよ。自分の利益に必要な事項しか言わないだけですよ」という、口喧嘩から報道まで通じる方法論。アレを徹底的に洗練し、戦争という極限の舞台に容赦なく応用した例と言える。 正直、胸糞悪い。が、そんな個人の感触など実質的には無意味であり、使うべきときは使う方法であることを認めて、知らねばならないだろう…個人も、集団も。彼我の相対化のもとの対話なんて、あらゆる意味で「余裕」が無ければ出来ないものなのだ。
読了日:04月18日 著者:高木 徹
ブラックホーク・ダウン〈下〉―アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録 (ハヤカワ文庫NF)ブラックホーク・ダウン〈下〉―アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録 (ハヤカワ文庫NF)
準備・戦闘・処理・検証を冷静に俯瞰したエピローグは、映画では見られない部分であり、また、この事件を総括する重要な章だ。「外の世界はソマリアを忘れた。国際社会の善意という大きな船は、出帆してしまった」、エピローグで語られるこの言葉は、忘れられかけたこの戦闘の一面を示している。解きほぐしようのない第三世界の問題にアメリカが積極的に介入しなくなった(言いかえれば看過しがちになった)一因としてのブラック・シーの戦闘。政府・指揮官・現場の間の齟齬は戦争状態でなくとも検証され続けるべき現代の難題だということを再認識。
読了日:04月08日 著者:マーク ボウデン
ブラックホーク・ダウン〈上〉―アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録 (ハヤカワ文庫NF)ブラックホーク・ダウン〈上〉―アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録 (ハヤカワ文庫NF)
映画から来ますた。淡々と米軍視点で現代戦を描いている映画と異なり、政治や軍事の背景も詳述され、何より現地の民兵や市民の視点からも事件が描かれているのが良い。次々に切り替わる視点人物の心情描写として現地の状況や情勢が語られているゆえ、実録物と言うより小説を読むような感触があるが、その形式を実現した膨大なインタビュー活動と構成力に頭が下がる。
読了日:04月08日 著者:マーク ボウデン
SAS戦闘員―最強の対テロ・特殊部隊の極秘記録〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)SAS戦闘員―最強の対テロ・特殊部隊の極秘記録〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)
下巻。連隊に入ってからの修練と任務。山場は中盤の突入演習、そして終盤の麻薬撲滅作戦だろう。前者は「ホントにこれ実戦じゃないのか?」と思わされる程、真に迫った様子が描かれる。実弾を用いる訓練や演習で仲間同士の信頼を高め、ときには政府首脳を参加させ、彼らとの信頼関係をも深めることの重要性も説かれる。後者の作戦は、中南米某国の麻薬工場襲撃。地元警察を訓練し、彼らとともに山中に潜伏、綿密な偵察の後の実行。麻薬戦争の堂々巡りを自覚しながらも、仕事をこなす本当のプロフェッショナルの姿が見える。終章の訴えも切実。
読了日:03月26日 著者:アンディ マクナブ
SAS戦闘員―最強の対テロ・特殊部隊の極秘記録〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)SAS戦闘員―最強の対テロ・特殊部隊の極秘記録〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)
初めて見た「人の死」、荒れた生い立ち、陸軍への入隊、アイルランドでの任務、そしてSAS選抜訓練。『ブラヴォー・ツー・ゼロ』ではさらりと書かれた、湾岸戦争以前の著者の半生、上巻。訓練と行軍、サバイバルの過酷さは読んでて渇いた笑いが出てくるくらい。また、特殊部隊だからこその自由さとユーモアの趣味にも学べるところも多いと思う。あと紅茶は大事。
読了日:03月26日 著者:アンディ マクナブ
パルプ (新潮文庫)パルプ (新潮文庫)
なにこれひどい(もちろん褒め言葉)。ダメ探偵どころかクズ探偵とでも呼ぶべき主人公が、よくわからん依頼人達からよくわからん依頼を受けるが、基本的には酒場や競馬場に入り浸ってばかり。たまに思い出したように捜査も行うが、まともに進まないどころか更なるトラブルを招いてばかり。しかし思い出したように放つハードボイルドなアクションや台詞もけっこうカッコイイから困る。開き直った題名に、やりたい放題な登場人物、進まないようで進む筋、そして超絶ダメ主人公。これはこれで強烈なスタイルなのだろう。ゲラゲラ笑いながら読むべし。
読了日:03月01日 著者:チャールズ ブコウスキー
戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
「ベトコン一人殺すのに5万発」というのは聞いていたが、その裏にある心理学的理由についてはしっかりと理解していなかったように思う。「そもそも人殺しへの抵抗感は強烈なものだ」という当然と言えば当然ながらも真には軽視されがちな事実をもとに、豊富な実例と学説を引いて解いている。戦いと殺しに関する、様々な「常識」を揺さぶる一冊。
読了日:02月21日 著者:デーヴ グロスマン
魂の重さは何グラム?―科学を揺るがした7つの実験 (新潮文庫)魂の重さは何グラム?―科学を揺るがした7つの実験 (新潮文庫)
「魂の重さ」の存在とその測定法については中学の時に友人から聞いて驚き、その頃は殆ど疑いもせずに信じ込んでしまった。高校生になって疑い深くなり、しかし即断癖は抜け切っておらず「どうせ頭のおかしい科学者による奇説だろう」と片づけ忘れ去っていた。この本によって、久しぶりにその問題を思い出し、そして、仮説を立てて論理的に科学検証することの大切さと困難さを知れたように思う。魂の重さ問題以外でも、面白いところはたくさん。機械説・生気説論争など、当時と現在の常識の差異やそれに伴う論理展開の違いが興味深い。
読了日:02月08日 著者:レン フィッシャー
ファイト・クラブ (ハヤカワ文庫NV)ファイト・クラブ (ハヤカワ文庫NV)
ぼくがこれを知ってるのは、タイラーがこれを知ってるからだ。詩的と言うべきか、現実と虚構、過去と現在、具象と抽象を軽妙に行き来する文体で目を眩ませる。物質文明の中で肉体を屹立させ破壊衝動を探求していった先に待つラストでは、映画とは対称的な絶望と希望の形が示されている。映画版よりも、仏教的な刹那性が押し出されているのでは。特に原作とは違う、タイラーの出会いの場面。あの「掌」は孫悟空が落書きした御釈迦様の手を思い起こさせる。ぼくはレイモンド・K・K・K・ハッセル君だ。ところでこの作家も翻訳止まってるのね(泣)
読了日:01月25日 著者:チャック パラニューク
ブラック・ラグーン 2 (ガガガ文庫)ブラック・ラグーン 2 (ガガガ文庫)
ロットン大勝利。邪気眼ポエムとケータイ小説の奇跡の婚姻(笑)がなされている。様々なビッチを網羅したかったんだろう。そうに違いない。原作の復讐編はシリアスな展開で「街を描く」ということに拘っていたけど、このノベライズはギャグ交じりの展開でそれを補完している。特に、原作で描かれた二面性だけではイマイチ掴みにくかったエダの立ち位置が定まった。多くのキャラの本名がわかるのもちょっと嬉しい。ところでシェンホアさんは前作でも今作でも戦闘スタイルの弱点暴かれてたし、今作のラストでは(中略)だったりするので色々苦労症だ。
読了日:01月25日 著者:虚淵 玄
オデッサ・ファイル (角川文庫)オデッサ・ファイル (角川文庫)
これまでに読んだフォーサイス作品と比べても人物配置や展開に御都合主義が目立つが、やっぱり一冊の日記の発見が一国家の存亡の危機まで繋がって行く様子には燃える。「国民全員が罪の意識を共有しようとする動きが、かえって元ナチスを助けている」といった考え方をはじめとして、戦後処理と戦後社会の問題点にも多く言及されている。マサダ魂。
読了日:01月17日 著者:フレデリック・フォーサイス
ペドロ・パラモ (岩波文庫)ペドロ・パラモ (岩波文庫)
過去と現在、生者と死者。母と自分を捨てた父ペドロが支配する村を青年が訪れる場面から始まるこの小説は、父とそれに関係した人々が営んでいた荒廃した生活を語りだす。視点と時制を目まぐるしく変えることで、時間と生死の交錯するこのような表現が出来るということに驚いた。整理できてない部分も多いので、また読むと思う。間違いなく再読の面白さが抜群の小説だろうし。ラテンアメリカ文学にも注目せにゃ。
読了日:01月04日 著者:フアン・ルルフォ

2011年に読んだ本まとめ
読書メーター


○総括
総括、と書くとなんか血肉な光景が浮かびますね。何故でしょうね。
それはそうと、今年読んだものはわりと直接血肉になったんじゃないかな、と思います。というのも実録系がやはり直で体に馴染んでくれて。あの圧倒的な物量と己の適当な読書法ゆえに、抜け落ちてる部分の方が多いですが、最低限として引出しは形成された筈です。
来年度も似たような感じで、ゆるゆると読んでいこうかと。
小説に関しては、スラングとポエム混じりの一人称で世の中をさんざんに皮肉る、しかしそれでも生きていく、そんな作品を多く読んだ、ような。偶然とは思えぬ。
ではまた。



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2012/02/12(Sun)  読書コメント(0)トラックバック(0)
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さっすが~、春夏さんは話がわかるッ!

「さっすが~、春夏さんは話がわかるッ!」

本日は、とあるエロゲをプレイ中につい呟いてしまったこの台詞改変ネタについて、長々と説明することといたします。

序破急の三章に分けて話していきます。
(CAUTION・筆者の性的嗜好を露出するようなかなりキモい話が含まれているので、不快感を催した方は即ブラウザの戻るボタンを押したうえで、俺が全裸で土下座する姿を思い浮かべればいいと思います)

)「さっすが~」の元ネタであるSRPGについて
)春夏さんとは、とあるエロゲのとある場面とは
)なんでエイプリルフールにこんな話を


まずゲーム名を明かしてしまうと、SFCの『タクティクスオウガ』。昨年末にはPSPでリメイク版が発売されました。いろんな場でしつこく語っているけど、俺はこのゲームが大好きです。
変則的なターン制と高低差のあるクオータービューマップ、種々の職業の特性を活かして行われる戦闘も良いけれど、やはりこのゲームの素晴らしいところは、自ら手を汚して理想を追うということを真正面から問うたストーリーでしょう。ヤンデレブラコンプリンセスことカチュア姉さんの輝かしさについても筆舌に尽くしがたいのだけれど、それは本稿では置いておくこととします。

無辜の民の血で自らの手を汚してまで理想を追うことを是とするか、否とするか…第一章のラスト、主人公達はまさにその選択を迫られる。
バルマムッサの町。多数派民族ガルガスタン人によって造られた、少数民族ウォルスタ人の強制収容地区。同胞の開放を目指す主人公らは町に潜入し、住民に蜂起を呼び掛ける。しかし、自由を求めての死よりも隷属のもとの生を受け入れている彼らは、説得には応じない。途方に暮れる主人公らに、上官から信じられない命令が下る。

「今から、町の住人を一人残らず殺すんだ」

住民の説得が成功しないだろうことはわかっていた。
ならば、密かに同胞らを皆殺しにせよ。そしてその惨劇を支配者ガルガスタンの仕業に見せかけることで、味方をも欺け。ウォルスタ陣営の士気を向上させるのだ。
あまりにも残酷な選択を迫られ、若い主人公は苦悩する…。


…というように、非常に生々しく重苦しいストーリーが特徴です。以下に説明する「さっすが~」の場面についても、同様であります。

美しき女闘士セリエ。彼女はゲリラを率いて辺境の砦に立て籠っていたが、暗黒騎士オズの精鋭部隊の攻撃により壊滅させられる。リーダーであるセリエは一人生け捕りにされ、オズらの前に引き出される。
「殺せッ」
この土壇場にもセリエは毅然たる態度で臨むが、かえってオズの嗜虐癖を昂らせるだけであった。オズが部下らに言い放つ。
「よぉし、この女はお前たちにくれてやるッ! 好きにしろッ!」
思わぬ褒美に、部下たちは下卑た悦びを露わにする。
「さっすが~、オズ様は話がわかるッ!」
彼らに囲まれたセリエの弱弱しい声を最後に、場面はフェードアウトする…。


どうみてもレ○プですほんとうにありがとうございました。こんな場面が、SFCのゲームで。本当に胸糞悪い。しかし、戦争状態においてこういう事態が頻繁に発生するという事実からも、目を逸らせません。例え2Dゲームというかなりデフォルメ度が高いフィクションであっても、訴えかける力があることは否めないでしょう。

ただ…、あまりの酷さのために、逆にネタにされてしまうことも多い。本稿もそのクチです。これは、暴力性の高い映画において人が死んでいく様に何故か笑ってしまう…というようなアレに近い。いや、どちらかと言えば、ジョジョやバキのような濃ゆい漫画の濃ゆい台詞がしばしば引用されるようなアレに近いか?
本稿では、これが不謹慎極まりないネタであることを自覚し、悪意は無く、ある程度反省したうえで、ネタにしています。そのことをどうか御了承いただきたいと思います。


Toheart2。の、Xrated。柚原このみのルート。
三月。暇な時期だし、ソフマップで安かったので、つい買ってしまった。あ、決して可愛い女子高生達とイチャイチャエロエロしたいというスケベ心からじゃなく、現代を生きるオタクの基礎教養として学園萌えものの基本を押さえようという純粋な学究精神からプレイしたわけなので、そこのところを勘違いしないでいただきたい。わざわざエロシーンがあるPC版を買ったのも、萌えと性欲の境界を学ぶのも重要だという考えの結果であって、18世紀にジークムント・フロイトがアウフヘーベンしたことで一般には認知的不協和されている形而上生物学の高次応用唯物論とも通じる、(以下略)
まぁそんなわけでプレイしたのでした、東鳩2を。初エロゲに適した作品だと言うけれど、俺がエロゲ童貞を捨てた作品はダ・カーポ。嫉妬深くて可愛い義妹とか、気さくで歌姫な学園のアイドルとか、みんな可愛かったし、どう見てもみんな中学生だったし、性欲を持て余したものだ。その後いくつか学園ものをやって、クラナドのアニメ版により萌え美少女全般に懐疑的になったり、はにはにのだるい日常描写と必要性を感じない超展開にがっくりきたりと色々あって、しばらくエロゲから遠ざかっていたような気もしなくもないのだけれど、原点回帰というかなんというか、また基本を押さえてみたくなって、東鳩2を買ってみたわけだったのでした。
誰から攻略するか。これは重要です。DCは音夢やことり、さくらを最初の方に潰してしまったせいで全員攻略までは息が続かなかったし、はにはには後に取っておいた保奈美ルートがあまり面白くなくて(EROかったけど)これまた気力を失ったもの。
だが、フルコンプに拘らないならば、好みのヒロインのみをクリアしてしまえばいい…数年の修練を経て、俺はやっとそのことに気付いたのでした。とりあえず、一人。まず、一人選べばよいのだ。
出来る。出来るのだ。
が、東鳩2については好みのキャラが多くて迷ってしまいました。
だけどそんな折、こんなことを思い出したのでした…。

めちゃくちゃ可愛いぞ、と誰か(※)が言っていた。
だから、自分もやろうと決めた。
トゥハート2の開始時に、まずは柚原このみをファックしてやろうと千倉歩は思った。
          (雷撃文庫刊『チクラの空・EROの冬』より)


そんなわけで、最初はこのみを攻略することにしたのでした。
幼馴染から恋人へ、ってな王道ストーリーで、まだまだ幼いながらも少女としての成長を始め、主人公を異性として意識し逡巡するヒロインは可愛らしいし、主人公もまぁそれなりに純情に頑張ってくれるし(←上から目線)、ニヤニヤと頬がほころぶものだったと思います。
とある事件でこのみの好意を知ってしまった主人公ですが、ついそれに気づかないふりをして、彼女をなんとなく避けるようになってしまう。彼女にも自分にも嘘をついた彼だったが、色々あって向き合うことを決意し、河原での小さなぶつかり合いのあとに、唇を重ね、恋人同志となる…という具合に、物語は終局を迎えます。
ですが、これは18禁の美少女ゲーム。当然、このあとにエロシーンが控えております。

ここで個人的な趣向の話になります。僕はエロゲにおけるエロ直前の展開が非常に好きです。いや、エロ自体も好きですが、なんというか、こう…一線を越える前の初々しいやりとり?っての?ぶっちゃけ俺自身童貞だからいまいちうまく言えないんだけど?まぁそれはおいといて?好きなンですよ、童貞と処女の間で大胆かつ繊細な心の動きが見える、あの恥ずかし展開が。
だから自分は、「エロ前」のシーンを時々見てにやつくという変態行為に耽るために、エロシーン前後に行う所謂「賢者セーブ」だけじゃなく、エロに入りそうな展開が始まった時を見計らったセーブも行います。修練の末に培われた静かなる力を滾らせる印象を持つ「賢者セーブ」という言葉に対して、天に選ばれし者が約束の瞬間に大いなる力を解き放つ様を彷彿とさせるこのセーブを「勇者セーブ」と呼びます(今考えました)。

正確にはアニメ版の話なので例としては不適切ですが、efのみやこルートの、主人公「原稿の前じゃないと気の利いた台詞が出ないな」→みやこ「原稿のあるところに連れて行ってよ」→どうみても事後、という流れは美事かと。原作における想いのすれ違いと確かめ合いも良かったと思うけど、台詞のインパクトでアニメに軍配が上がってしまいます。

こういう趣向があるゆえ、エロシーンそのもののシチュについても、普通に部屋のベッドで事に及ぶものの方が性欲を持て余します。教室とか屋上とか木陰とか、下手したら見つかって退学になるだろそれ、と突っ込みたくなるとこで事に及ぶのは、なんかイヤです。このことについては、突っ込めばいいというものではないのでしょうが、どうしても突っ込まざるをえません。陰茎と同じですね(巧いこと言ったぜ!パクリだけど)。
「他人に見つかるかもしれないスリルを楽しむ」って言うけれど、そんなとこで忙しなく交合するよりは、ベッドのある部屋という、二人きりが保障された空間でしっぽりしてた方が…フフ…その…下品なんですが…勃起…してしまいますね…。
また、合意へ至る流れが好きなので、当然、凌辱物とかは受け付けない純愛小僧です(←まるで私は女性の味方ですとでも言わんばかりのキリッとした口調で)。和姦じゃないとイケねぇんだよ、ロック。
そんなわけなので上の項で述べた、TOの話がわかるッ場面でも、性的興奮はしません。それと、その…ERO同人誌も、とらのあなとかでざっと見渡す限り、凌辱物の割合が高くて…なんだか…せっかく少し作家名がわかるようになってきたのに…悔しいっ…ビクンビクン。
なぜ「エロ前」をそうも好むのかと言うと、恐らく、思春期のEROグッズ不足とか、桂正和漫画における寸止めとか、シオンの丘議定書とかが関係していることが確定的に明らかだけど、とりあえずは関係ないところなのでここでは詳述を避けます。

話が長くなりました。ともあれ、これがエロゲーである以上、恋人同士になった主人公とこのみには、この後にエロ展開が待っているわけです。そして、もう一つ言えば、エロ“前の”展開も待っているわけです。俺は当然、ステンバーイしてゴッする瞬間を今か今かと待つ体制に入ります。

さて…、どのような流れでまぐ☆わいへと至るのだ!?
恐らく、付き合い始めた二人の幸せな日々が少し描かれるのであろう。そしてそのうち、どちらかが(恐らく主人公が)、意を決して誘うのであろう。さて、そのとき、どんな2828会話が見れるのか。
そちの技、とくと見せるがよい!
当方に、勇者セーブの準備あり!
エロエロの前のニヤニヤ、その風の吹く刻(とき)を見極めてくれるッ!

…と、勝手に滾っているうち、二人は手を繋いで、隣り合った家の方へと帰りました。うんうん、初々しくて良いではないか、良いではないか。このみの家の前には、彼女の母親である春夏さんが。二人の睦まじい様子を見て、幼いころからの仲が恋として成就したことを察してくれます。

…察してくれます。
それは、もう、とても、非常に。

「それじゃ、私、ちょっと家を空けるから。ていうか、夜まで戻らないと思うけど、うふふ」

ホールド…ホールド…オープンファイア!


「さっすが~春夏さんは話がわかるッ!」


いや、でも…おい!春夏さんよ!話がわかり過ぎるだろそれは!
まだ15そこらの娘を、獣欲燃え盛りの少年と二人きりに!あ、いや設定上の年齢は18歳以上だったか…メンゴメンゴ。
でも、家に二人きりは無いと思うな!まぁ、今までも二人きりでお泊りとかさせてたけどさ!

そんなわけで、二人でこのみの部屋に入り、河原で汚れた服を洗濯するために脱ぎ、河原で負ったかすり傷をぺろぺろして癒したりしてる間に、雰囲気がうれしはずかしなかんじになっていき、めでたく初ファックとあいなるのでした。もう、タカくんのエッチ…。

…いや、まぁ、思ってたよりエロかったから、そこまで暗黒騎士春夏さんを糾弾せずともいいか…?先述したように自分は常人に比べERO沸点が非常に低いと思われる(また、あまりの高温には耐えられない)けれど、ぺろぺろしたりなめなめしたりファックしたりふきふきしたりまたファックしたり、結構長くて濃いのではないでしょうか。だから、エロ展開自体はおkということに。
だけど、その…、この、「エロ前」の展開は、なんか納得いかない。娘さんの交合シーンをご使用してしまった身で言えることではないかもだけれど、その、春夏さん…、話がわかり過ぎではないのか。そこまで気をきかせずとも良いでござろう。子供の交尾に親がわざわざ手を貸すのは、お節介というものではないのか。もっと、こう、付き合ってからのイチャイチャとか!そこから一閃踏み越えるためのドキドキとか!そういうの!もっと、こう!僕は見たかったなぁ!なー!

見たかった…見たかったんだ…。
やっぱり、ERO前の展開は、僕にとって心のオアシスなんだ。大切なものなんだ。なぜなら私も特別な存在だからです。
そんな、配下のテンプルナイトに戦利品として投げやるように、娘の純潔を男に与えてほしくは無かったんだ…。

あ、タマ姉と草壁さんのルートもやったよ。タマ姉については…うん…いきなり尻に入れるってのはどうかと思いました。尻肉は好きですが、尻穴は普通に汚いものだと思ってるンで、どうもウシロファックには性欲を持て余せません。
聞くところによると典型的ツンデレヒロインの由真のエロシーンでもシリアナファックがあるというけれど、なんですか、このゲームはあれですか、「気の強い女は尻にぶち込んで黙らせればいい」みたいな、歪んだ哲学に染まっているンですか(いやでもタマ姉に関してはぶち込むというよりぶち込まされてたよね)。まぁでもタマ姉はおっぱいでかいし基本的に完璧超人だからいいか。
でもやっぱり草壁さん可愛いよ草壁さん。夜伽を申しつけられたい。ストーリーちょっと短すぎるけどまぁ纏まっているし、何より、品があって儚げでちょっと抜けてる黒髪ロング娘ってやっぱり好きなンですよねー。おっぱいも意外と大きいしねー。

※彼は中学からの友人で、自身の姉から雄二のような凄惨な扱いを受けた経験の為(←たぶん)、タマ姉が大嫌い。ファンディスク『トゥハート2アナザーデイズ』で春夏さんのエロシーンが無かった件について血涙を流していたことも印象深い。


、なんでこんな日にこんな話を?エイプリルフールだよ?ちゃんと嘘をつけよ嘘を
、たしかに。しかし考えてもみてください。俺の普段の言動を(主にツイッターでの)。基本、嘘ばっかりです。まぁ、作品の感想を述べるときなどはある程度真面目に言葉を発しているつもりですが、その他はテキトーなことばっかり言ってます。何度も何度もしつこく「実は僕は巨乳の17歳女子高生です。百合趣味の美少女です」とか主張しまくってるし。妹には「いちいち言動が芝居がかっててうざい、嘘臭い、胡散臭い」って3U宣告されるし。色々と不和を誤魔化し誤魔化ししながら付き合ってた友人とは絶交に至るし。
ま、そんなわけで、嘘は普段からつきまくってるわけです。悪意のある嘘はつかないようにしておりますが、だからといって正直者だというわけでは無い。
ならば、逆転の発想。エイプリルフール…つまり正直者が嘘をついても許される日…には、嘘つきである自分は逆に正直になってみたらどうかと考えたわけです。
正直に、自分を、さらけ出してみよう、と。

…と考えて、考え付くままに駄文を綴っていたら、ご覧の有様です。自分の性的嗜好をさらけ出すだけの文章になってしまいました。一種の露出狂。ていうか、四六時中これがEROいとかあれがEROいとか呟きまくっている普段の自分と大して変わらない気がします。

たった一行の改変ネタを説明しつつ性的嗜好を露出するためだけにワードで7ページも使ってしまった。アホか。
もっとこう…各方面から望まれてたような気がしなくもないグラマトン・クラリックコスプレ写真をうpするとか、『放浪息子』に影響されるあまり不細工大男なくせに女装写真をうpするとか、または着た切りスズメな革ジャンを利用して両儀式ごっこに耽っている(ただし殺人は勘弁な)写真をうpするとか、そういうアレの方が良かったかもだなぁ。まぁでも、牧師服やスカートや女性用和服を買うのはエロゲーを買うより恥ずかしいと信じているような種族だからしかたないね。仕方ない。

とりあえず、今年度もよろしくお願いします。
2011/04/01(Fri)  ゲーム(MGS以外)コメント(4)トラックバック(0)
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戦争における「人殺し」の心理学

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
(2004/05)
デーヴ グロスマン

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○導入 
戦争という異常な環境において、いかなる心理のもとに兵士は敵兵を殺すのか。なぜ殺すことができるのか。殺すときには何を考えているか。殺した後には何を思うか。その殺しが個人と社会にいかなる影響を及ぼすか。そもそも、どのようにして「人を殺せる兵士」は作り上げられるのだろうか。
 元軍人であり軍事学者であり心理学者である著者が、多くの文献からの参照と精力的な聞き取り調査、そして考察により「人殺し」の心理を解いている。
 作中で引かれているクラウゼヴィッツの「おぞましさのあまりに目をそむけたくなる部分があるからといって、その営為について考えまいとしても無駄である。否、無駄であるどころか有害でさえある」という言葉通りの、お勧めの一冊。

○感想 
そもそも、人は人を殺せないように出来ている。強烈な抵抗感を覚えるものだからだ。

本書はまずこのことを強調したうえで論を展開している。「戦争になれば、兵士は敵を殺す」とか「殺らなきゃ殺られる、だから殺る」といった題目は、驚くなかれ、当然自明のことではないのだ。たとえ自分が殺されかねない状況であっても、敵を殺そうとしない兵士は多く存在するという。

繰り返し言及される「第二次大戦時の発砲率は15から20%、しかし朝鮮では50%、ベトナムでは90%を越えた」という統計結果。また、現代の紛争でも、先進国軍と後進国軍の殺傷率比が数十対一になることなど珍しくない。これは装備や戦術、そして訓練の差ではある。
訓練の差。この本質は単なる量・質的な差のみには留まらない。そもそもの方法論的差が存在するのだ。それは何か。つまり、現代の訓練法に共通した特徴とは何なのか。

それは主には「条件付け」である、と結論している。パブロフの犬やスキナ―の鼠の実験で知られる、条件付け訓練法。それはすなわち、「人型が見えたら、撃つ」という条件と反応を体に覚え込ませ、判断を単純化し、成否に応じて賞罰を与え、躊躇や失敗を減らす方式であるという。第二次大戦以前の射撃標的は固定式の円形のものが主流であったが、ベトナム期ともなると可動式の人型のものが主流となった。これは、「条件付け」において非常に大きな違いなのだ。
この論から考えれば、あの『フルメタル・ジャケット』の新兵訓練場面は、「適切な条件のもとで反射的に射撃する兵士を作る」という現代的訓練法の特色についてはあえて描いていないといえるのかもしれない。

近年に確立された方式である「条件付け」以外にも、人類誕生以来脈々と受け継がれ磨かれてきた、「殺人を可能にする要素」は沢山ある。主には、これらの要因に分けて説明している。
権威者の要求。集団免責。殺人者の素因。犠牲者との物理・心理的距離。犠牲者の標的誘因。

一つ一つについて説明するのはここでは避けるが、自分が最も興味深く感じたのは「犠牲者との距離」の要因だ。
素手で一人を直接殺すより、爆撃機で数百人を間接的に殺した方が、精神的負荷は少ない。このことには、彼我の物理的距離と、心理的距離(特に機械を用いることによる)の影響が大きい。
初期の銃よりは弓の方が殺傷力は高かった。しかし、銃を用いた軍隊の方が強かった。これについても、「敵を肉眼で直接狙う弓より、照星を介して狙う銃の方が気が楽」という機械的心理距離の影響があると言う。

「奴らは自らを正義と思い込んで疑いもしない」「奴らは敵を人間となんて思っちゃいない」。
これらはよく聞く台詞だ。だが、これらは言いかえれば、
「正義だと思いこまなければ」「敵を同類だと思い込んでいては」戦争なんてやってられない、ということでもある。
こういった、戦争につきものである独善的な正義意識や非人道的な差別意識は勿論肯定できたものではないが、そういった精神傾向にある兵士らを「狂っている」として思考停止すべきではない。必要と必然があるのだ。こういった「距離」の概念で説明できるという。前者は倫理的距離、後者は文化的距離。これらの距離を意図的に作り出すことで兵士の殺人を容易にし、後々まで残り個人と社会に悪影響を及ぼす精神的被害の発生を減らしているというわけだ。

さて、先に述べたように、そもそも人は人を殺すときに強烈な抵抗感を覚える、という論に基づいてこの本は書かれている。しかし、その例外に属する人間の存在についても言及されている。
統計においては全兵士の2%、精神病理においてはソシオパスに分類されることもある、所謂キラー・インスティンクトを持つ、「人殺しに適した」性向の人間。
例えば、第二次大戦時の空戦における死者の40%は、1%の天才パイロットによってもたらされたものであったと言う。また、厳しく選抜される兵種である狙撃兵や特殊部隊員は通常の歩兵に比して圧倒的な殺傷率を挙げる。加えて、通常の歩兵でも、接近戦における殺人経験に罪の意識を殆ど負っていない例が少数ながら存在するという。
こうした希少な「ナチュラル・ボーン・キラー」の精神構造についても、多くの例を挙げて考察している。攻撃的性向と感情移入能力の程度がその精神構造を作る主要な二変数であるらしい。

思えばこれまで、戦争や兵士を要素としたフィクションやノンフィクションには多く触れてきた。先にあげたような「戦争物にはよくある台詞」も多く見てきた。しかし、それらを真に解体して理解しようとする試みは疎かだったのではないか。自分は「戦争もの」を巡る重大な問題に対して慎重であるというよりは、臆病で怠惰だったのではないだろうか。この本によって、また自らの姿勢を見つめなおさねばならないと感じた。

そんなわけで、豊富な実例と学説、そして考察によって、読む人の常識を揺さぶってくれる本だ。現実の兵士の心理状態や戦争の実態を知りたい人は勿論、戦争を題材にしたフィクションにおけるリアリティを追求したい人にも是非薦めたい。



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2011/02/21(Mon)  読書コメント(4)トラックバック(0)
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2010年読書記録、あとベストテン(1月18日追記)

○序文
あけましておめでとうございます。七草粥も食いおわり、2011年も本格的に始まりましたね。
しかしほんとまじでお久しぶりです。一応生きてました(twitter見てる方はわかるでしょうが)。
FC2ランキングから「更新どころかログインすらしてないから登録抹消すんぞ」って連絡がきました。まぁランキングに登録したところでどうせアクセス数は(以下略)

○説明
さて、今回は、去年(2010年)に読んだ本を晒します。ええ、読書メーターの機能に頼り切った日記です、大統領(ミスタープレジデント)。
年始の頃にゃ「せめて1年100冊の大台は突破したいな」と思っていたんですが、そうもいきませんでした。1年で54冊。大体、一週間に一冊のペースですね。なんだかなぁ。一冊読むごとに二冊増える積み本。崩れる日は来るのか。神は崩せと言っている。ウカムルバス。
数がすべてではないけれど、どうも少ない。読みたい本はまだまだある。そして、数が少ない代わりに精読出来ているかというと、かなり怪しかったりします。どれでもいいから一節を諳んじてみろとかあらすじ要約してみろ、とか言われたら、しどろもどろになること請けあい。なんか最近、集中力のダウンが激しいンですよね。どうにかならんか。
SFからも離れ気味。古典や新作をスルーして(嗚呼)、それらの中間に当たるニューウェーブやサイバーパンクに突撃してますが、それもあまり進んでなかったり。
SF以外でも、欧米やロシアの古典にも疎いままだし、ラテンアメリカ文学なんかも面白そうだし(丁度バルガス・リョサがノーベル賞取ったね)、そもそも「読まなきゃ」って感覚に追われすぎるのって不毛なんじゃないかしらとか悩んだりなんなりする今日この頃。でもまぁ色々触れて、感性を養っていきたいものです(こればっか言ってるな)。

○内訳
読んだ本の内訳としては…、
・海外小説(主にSF・冒険)…19冊
・国内小説(々)…16冊
・銀河英雄伝説…14冊
・海外実録物(ていうか軍事)…4冊
・国内随筆…1冊
というわけで、銀英伝大勝利。あとフォーサイス。

○選抜
どうせだから小説ベスト10とかやっちゃいますか。やっちゃいましょう。単行本を2009年以前に読んだ作品(というか文庫化された伊藤計劃小説)は対象外ということで。
普通「2010年ベスト」って言ったら2010年内に出た本を評するのが常識なんだろうけれど、新刊の読書数が非常に少ないので、その常識をぶち殺させていただきます。
では、以下、読んだ順。寸評付き。


・1984年(ジョージ・オーウェル)
『動物農場』も読んだ(付録・注釈も)のだが、やっぱり単なるソ連批判ものとはとれなかった。もちろん契機としてはスターリニズムへの反発があったのだろうし、ビッグブラザーやナポレオンが誰に似てるかは明白なのだけれど、言語を単純化することで思想を誘導し、単純な独裁・隷属トップダウン方式を脱却し、外部の恐怖を前提とした統制に関しては、国家システムの運用手段として普遍的であり、その極致を創出する手段としてのSFなのではないか。ちなみに村上春樹の1Q84は読んでない。

・太陽の帝国(J・G・バラード)
「自伝的小説」とは自伝そのものではなく、回想と想像の溶け合う様相において、まぎれもなく小説である。太平洋戦争当時の上海を、終末的で緻密な描写によって再構築した作品。残酷だけれど美しい。そんな世界を構築する方法論は、純文学と言うよりSF寄りだと感じた。伊藤計劃『虐殺器官』の一節で語られていたように、(ストーリー展開自体は原作に忠実な)映画版とは結構印象が違う。原作は「画面いっぱいに蠅が飛び交うような、終末観の漂う」イメージ。映画版は戦時下における少年の成長(ショタベール可愛い)を爽やかに描いたイメージ。
(1月18日追記、追記欄へ)

・闇の奥(ジョゼフ・コンラッド)
映画から来ますたその1。アポカリプスナーウ。「気の狂った文明人を追って、未開の地の深淵へと遡る」というプロットはこれまでいくつか見たけれど、近代におけるその原点なのだろうか。古典新訳文庫で読んだんだけど、岩波版なども読んでみたいですね。原書?えいごわかんないよう(泣笑)。

・悪童日記(アゴタ・クリストフ)
日記調の簡素な文体で、双子の少年達が戦火の街を強かに生き抜く様を描き出す。舞台は独ソ戦下のハンガリーだと思われるが、あえてそう明言はされてないからこそ20世紀の暗黒の一般性が強調されていると思う。一人称「ぼくら」の用い方が何より凄い。

・銀河英雄伝説(田中芳樹)
自分はヤン派。ラインハルトさまはなんかギラギラしてて(謎)苦手なのですわ。ユリアンがヤンを、ヤンがユリアンを見つめる視線、そして「後世の歴史家」からの彼らへの評。機能不全を起こしている組織や国家への、冴えた皮肉。艦隊戦よりも、そういった部分が好み。地味だけど、ヤン・タイロンのテキトーっぷりと息子との相似など、小エピソードもいい。あと歴代皇帝残虐物語。ルドルフ大帝のやること古めかしさには逆に惚れ(違)た。宇宙世紀にロボトミー手術っておま。

・スキズマトリックス(ブルース・スターリング)
サイコーに読みにくい(これについてはニューロ等と違い翻訳も気に入らない)が、宇宙時代に広がっている多様な生活形態は見もの。基本的には生体工作者(バイオ的人体改造派)と機械主義者(サイボーグ的人体改造派)の対立の構図を取っているが、分派も例外もたっぷりあって何が何だか。主人公リンジーの一世紀以上にわたる漂浪、その果てに見たものにちょっとしみじみ。

・ジャッカルの日(フレデリック・フォーサイス)
映画から来ますたその2。狙撃手とフォーサイスがマイブームだったので。ジャッカルがあくまで紳士然としていた映画版から受ける印象とは違い、実は彼が紳士ワナビだったことがさらりと明かされたりするのだが、まぁそれはいい。ジャッカルホール(婉曲表現)の安否に気がとられるのだが、それもいい。調べつくし、備えつくし、致命の一瞬を待つ。それでこそ暗殺者。それでこそスナイパー。いつかヨーロッパに行ったあかつきは、ジャッカルツーしたいよね。足跡辿るの。レンタカーのシャーシの裏側にナゾの鉄パイプを隠して。

・マルドゥック・ヴェロシティ(冲方丁)
個人的にどうも賭け事が苦手なために(笑)ノリきれなかったスクランブルより、ケレンの利いた暴力が吹き荒れるこっちのほうが好き。スラッシュやイコールを多用した無機的な文体と、前作の巨敵ボイルドが虚無へと落ち行く様のシンクロが素晴らしい。

・カウント・ゼロ(ウィリアム・ギブスン)
『ニューロマンサー』の続編。コーネルの箱をモチーフとした美術品探求、二度も章題に使われる「栗鼠の森」、懐古や感傷が意外としみる小説である。ボンクラ的には主人公の少年ボビィ、自称「伯爵(カウント)ゼロ」のダメっぷりに萌え萌え。その中二病丸出しな自称、エロ動画を見ようとしてやらかした致死級の失敗、そして謎の電脳美少女に救助され、童貞丸出しの言動連発、最後にちょっと活躍。というわけで、randam_HEXAの同人誌にも書いてあったように、なんというかラノベっぽい(笑)。続編にもロリっ子が出るんだぜ。しかもヤクザの幼い一人娘で、ハーフの日本人で、ちょっと百合属性もあったぞ!

・寒い国から帰ってきたスパイ(ジョン・ル・カレ)
冷戦下、東ドイツの防諜副長官ムント抹殺の為、あえて困窮に身を落してまで作戦に従事する英国工作員リーマスの悲哀。疑いに疑いを重ね、意図を読み合う中盤はややダレてる気もするが、「休暇の無い役者」としてのスパイの過酷さにはハラハラ。それより何より、小島秀夫監督による推薦文にも書いてある通り、ラストシーンが圧巻。俺の中でのベスト・オブ・フラッシュバック。あ、映画版はまだ見てないんだぜ。

○全貌
読書メーターの機能を利用した、2010年読了リスト。最後に読み終えたものから順。これまた寸評ついてるものはついてます。最近書評はこっちに書くことが多いです。ブログより短し、ツイッターより長し。わりと使いやすい。

2010年の読書メーター
読んだ本の数:54冊
読んだページ数:19364ページ

結晶世界 (創元SF文庫)結晶世界 (創元SF文庫)
ひたすら繰り返される、幻想的な結晶化した世界の描写。河の遡上を主とした弛緩したストーリー展開や、未開のアフリカの描写(原住民への視点含め)等はやはり『闇の奥』を思わせるのだけど、社会と言うより世界を見た小説なので、一概には言えない。残酷ながらも美しい滅びのイメージには翻弄された。でも終盤のアレには「オクトパシーかよ!」と突っ込んでしまった。すいませんつい。
読了日:12月31日 著者:J・G・バラード
メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット (角川文庫)メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット (角川文庫)
ハーモニー文庫化ついでに再読。伊藤計劃作品としてはオリジナル長編との文体やSF観の違い等から、これまでは過小評価していた気もする。しかし、同人誌やブログ、そして一人称視点小説で「物語る行為」そのものに真摯であった氏の作風を思うに、オタコンの視点を用いて、戦いに赴いたスネークのSENSEを細やかに追い、そして伝えようとしたこの小説は、やはり氏の作品を物語るに欠かせないことを再認識できた。「視点ブレが激しい」ととられかねないオタコンの語り口には、人の営みを言葉として紡ぐことの価値が歌いあげられている。
読了日:12月30日 著者:伊藤 計劃
ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)
文庫化&twitter読書会&漫画化一か月前記念に再読。
読了日:12月30日 著者:伊藤計劃
吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)
さほど吸血鬼ものに触れてきたわけでもないけれど、源流を探ってみたくなったので。映画等で象られたイメージとは異なる伯爵の異相、伯爵との対決を通して純化される神への信仰心、狼と蝙蝠と霧を媒介とした恐怖のイメージなど、学ぶところ多く。ところで、みんな手紙や日記書くの早すぎなので、ブログすらろくに更新出来てない自分には辛い(笑)。
読了日:11月23日 著者:ブラム ストーカー
寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)
中盤の聴取を中心とした展開はいささか平坦だけれど、査問会において明らかになっていく“作戦”の構図、利用し利用される立場の人々の蠢き、非常に引き込まれる。印象的な場面は、「演技が生業である点では役者や詐欺師と同じ。しかし彼らと違い、日常にあっても演技を解くことはできない」とスパイの過酷さをとく箇所、それと何より、フラッシュバックが劇的なラストシーンか。
読了日:11月05日 著者:ジョン・ル・カレ
動物農場―おとぎばなし (岩波文庫)動物農場―おとぎばなし (岩波文庫)
読了日:10月24日 著者:ジョージ オーウェル
ブラヴォー・ツー・ゼロ―SAS兵士が語る湾岸戦争の壮絶な記録 (ハヤカワ文庫NF)ブラヴォー・ツー・ゼロ―SAS兵士が語る湾岸戦争の壮絶な記録 (ハヤカワ文庫NF)
スカッドをスカッと、などと下らない予想を立てていたけどそんなことは無かったぜ。映画のようにはいかない。看板に偽りなしの壮絶な記録。一番気に入った場面は、390ページ、過酷な捕虜生活のなかで覚束なくなってしまった日にちを、新聞で確認するところ。イラク兵が多国籍軍の空爆を非難する目的で、著者に新聞を見せつけるのだが、かえって時間感覚を回復させ、ひいては生存意志を吹き返させてしまったわけである。
読了日:10月20日 著者:アンディ マクナブ
モナリザ・オーヴァドライヴ (ハヤカワ文庫SF)モナリザ・オーヴァドライヴ (ハヤカワ文庫SF)
ガジェット勝負ってだけじゃなく、プロットも編まれてる。主人公は4人、それらの道筋が一つになっていく様は前作以上に気持ちがいい(剃刀女に功労賞を)。終盤など、まさに“ニュー・ロマンティック”。東京、ロンドン、スプロールの三大都市における「ゴミ」の考察など、現代的な都市感を写し取っている。電脳空間の描写がより鮮明になり、作中世界の技術進歩と、現実におけるサイバーパンク的な下層への技術浸透社会の非到来を思ってしみじみ。これで三部作(+クローム)を読み終えたわけだけど、今からだと他作品がなかなか手に入らん(泣)
読了日:10月19日 著者:ウィリアム・ギブスン
カウント・ゼロ (ハヤカワ文庫SF)カウント・ゼロ (ハヤカワ文庫SF)
傭兵ターナー、画商マルリィ、童て…伯爵ボビィ。三人の主人公を据えており、それらの行動目的が終盤に一筋に定まって行く様も気持ちがいい。このような複数主人公構造や、どうにも冴えない思春期少年を主人公としたボーイミーツガール要素を採っていることもあり、前作よりハマりやすいかも。「箱」の真相や終章の栗鼠など郷愁を呼び起こす事物が多く描かれ、作中で言う「ジャンプ」(=進化と成長のための飛躍)と対比されて、なおさらしんみりさせてくれる。
読了日:09月25日 著者:黒丸 尚,ウィリアム・ギブスン
紫色のクオリア (電撃文庫)紫色のクオリア (電撃文庫)
読了日:09月15日 著者:うえお 久光
マルドゥック・ヴェロシティ 3 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・ヴェロシティ 3 (ハヤカワ文庫JA)
読了日:09月08日 著者:冲方 丁
マルドゥック・ヴェロシティ 2 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・ヴェロシティ 2 (ハヤカワ文庫JA)
読了日:09月07日 著者:冲方 丁
マルドゥック・ヴェロシティ〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・ヴェロシティ〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)
読了日:09月02日 著者:冲方 丁
夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)
読了日:08月27日 著者:森見 登美彦
フルメタル・パニック!12  ずっと、スタンド・バイ・ミー(下) (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック!12 ずっと、スタンド・バイ・ミー(下) (富士見ファンタジア文庫)
読了日:08月27日 著者:賀東 招二
戦争の犬たち (下) (角川文庫)戦争の犬たち (下) (角川文庫)
読了日:08月27日 著者:フレデリック・フォーサイス
戦争の犬たち (上) (角川文庫)戦争の犬たち (上) (角川文庫)
読了日:08月16日 著者:フレデリック・フォーサイス
コンラッド短篇集 (ちくま文庫)コンラッド短篇集 (ちくま文庫)
読了日:08月08日 著者:ジョウゼフ コンラッド
ティファニーで朝食を (新潮文庫)ティファニーで朝食を (新潮文庫)
読了日:08月01日 著者:トルーマン カポーティ
ジャッカルの日 (角川文庫)ジャッカルの日 (角川文庫)
読了日:07月26日 著者:フレデリック・フォーサイス
銀河英雄伝説外伝5 黄金の翼 (創元SF文庫)銀河英雄伝説外伝5 黄金の翼 (創元SF文庫)
読了日:07月26日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説外伝4 螺旋迷宮 (創元SF文庫)銀河英雄伝説外伝4 螺旋迷宮 (創元SF文庫)
読了日:07月23日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説外伝〈3〉千億の星、千億の光 (創元SF文庫)銀河英雄伝説外伝〈3〉千億の星、千億の光 (創元SF文庫)
読了日:07月20日 著者:田中 芳樹
フルメタル・パニック!11  ずっと、スタンド・バイ・ミー(上) (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック!11 ずっと、スタンド・バイ・ミー(上) (富士見ファンタジア文庫)
読了日:07月19日 著者:賀東 招二
四畳半神話大系 (角川文庫)四畳半神話大系 (角川文庫)
読了日:07月18日 著者:森見 登美彦
神の拳〈下〉 (角川文庫)神の拳〈下〉 (角川文庫)
読了日:07月17日 著者:フレデリック フォーサイス
神の拳〈上〉 (角川文庫)神の拳〈上〉 (角川文庫)
読了日:07月12日 著者:フレデリック フォーサイス
ゲバラ日記 (角川文庫)ゲバラ日記 (角川文庫)
読了日:07月05日 著者:チェ ゲバラ
銀河英雄伝説外伝〈2〉ユリアンのイゼルローン日記 (創元SF文庫)銀河英雄伝説外伝〈2〉ユリアンのイゼルローン日記 (創元SF文庫)
読了日:07月05日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説外伝〈1〉星を砕く者 (創元SF文庫)銀河英雄伝説外伝〈1〉星を砕く者 (創元SF文庫)
読了日:06月27日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説 〈10〉 落日篇 (創元SF文庫)銀河英雄伝説 〈10〉 落日篇 (創元SF文庫)
読了日:06月21日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説〈9〉回天篇 (創元SF文庫)銀河英雄伝説〈9〉回天篇 (創元SF文庫)
読了日:06月18日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説 8 乱離篇 (8)(創元SF文庫 た1-8)銀河英雄伝説 8 乱離篇 (8)(創元SF文庫 た1-8)
読了日:06月14日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説〈7〉怒涛篇 (創元SF文庫)銀河英雄伝説〈7〉怒涛篇 (創元SF文庫)
読了日:06月10日 著者:田中 芳樹
スキズマトリックス (ハヤカワ文庫SF)スキズマトリックス (ハヤカワ文庫SF)
読了日:06月07日 著者:ブルース・スターリング,小川 隆
銀河英雄伝説〈6〉飛翔篇 (創元SF文庫)銀河英雄伝説〈6〉飛翔篇 (創元SF文庫)
読了日:06月03日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説〈5〉風雲篇 (創元SF文庫)銀河英雄伝説〈5〉風雲篇 (創元SF文庫)
読了日:05月28日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説〈4〉策謀篇 (創元SF文庫)銀河英雄伝説〈4〉策謀篇 (創元SF文庫)
読了日:05月25日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説〈3〉雌伏篇 (創元SF文庫)銀河英雄伝説〈3〉雌伏篇 (創元SF文庫)
読了日:05月16日 著者:田中 芳樹
銀河英雄伝説〈2〉野望篇 (創元SF文庫)銀河英雄伝説〈2〉野望篇 (創元SF文庫)
読了日:04月27日 著者:田中 芳樹
悪童日記 (ハヤカワepi文庫)悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
読了日:04月27日 著者:アゴタ クリストフ
狙撃手(スナイパー)狙撃手(スナイパー)
読了日:04月20日 著者:ピーター ブルックスミス
ゼロ年代SF傑作選 (ハヤカワ文庫 JA エ 2-1) (ハヤカワ文庫JA)ゼロ年代SF傑作選 (ハヤカワ文庫 JA エ 2-1) (ハヤカワ文庫JA)
読了日:04月15日 著者:S-Fマガジン編集部
シェパード (角川文庫)シェパード (角川文庫)
読了日:04月11日 著者:フレデリック・フォーサイス
陽気な黙示録―大蟻食の生活と意見‐これまでの意見編 (ちくま文庫)陽気な黙示録―大蟻食の生活と意見‐これまでの意見編 (ちくま文庫)
読了日:04月06日 著者:佐藤 亜紀
戦場の掟戦場の掟
読了日:03月28日 著者:スティーヴ・ファイナル
伊藤計劃記録伊藤計劃記録
読了日:03月21日 著者:伊藤計劃
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それじゃ、また、いずれ、な…。
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2011/01/07(Fri)  読書コメント(2)トラックバック(0)
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スターリングラード

スターリングラード [DVD]スターリングラード [DVD]
(2001/11/21)
ジュード・ロウジョセフ・ファインズ

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なんか、惜しい映画じゃなかろうか…。

映画は、主人公のザイツェフ幼き頃の狼狩りで幕を開ける。
場面変わって独ソ戦。貨物車にこれでもかと詰め込まれる若い兵士達。乗っていた民間人は叩き出され、少しでも空間を捻りだすため、兵士達も立って乗車せねばならない。
息つく間もなくボルガ河畔に到着。今度はボートに詰め込まれた新兵達。スターリングラード市街地に向けて無謀な渡河をさせられる。そこを独軍のシュトゥーカが急降下攻撃。一方的な銃火と爆撃に、パニックを起こす新兵。しかし川に飛び込み逃亡を図った者の背中には、政治委員のナガンリボルバーが容赦なく浴びせられる。

なんとか河を渡りきった先の市街地は、ほぼ廃墟と化している。将校の拡声器から、突撃命令が放たれる。
弾は一人5発。銃は一人半挺…「銃は二人につき一挺が支給される! 銃を持たぬ者は、持つものが倒れたら、それを拾って突撃しろ!」

運悪く、銃を与えられないまま敵陣に走らされるザイツェフ。目の前で倒れた兵士の手元から拾おうとするが、一手遅れて、他の兵士に奪われる。

無謀な突撃。伏射姿勢で待ち構えるドイツ兵の前に、若い兵士達が次々に倒れる。たちまち戦線は瓦解し、ソ連の新兵達は敵に背を向け撤退しはじめる。

「一歩も退くな! 逃亡兵は銃殺する!」
待ってました、みんな大好き督戦隊。拳銃のみならず据付の機関銃まで持ち出して、士道不覚悟の逃亡兵どもに容赦なく鉛玉を浴びせる。

ソ連兵の死体で満たされた戦場に、ドイツ軍の放送が響きわたる。「ソ連兵諸君、我々は敵では無い。兵士達を死地に追いやるスターリンとボルシェビキこそが君達の敵である」と。

そんなこんなで、召集→到着→突撃→全滅を一息に見せてくれる序盤。人海戦術、二人一丁、督戦隊…「ソ連マジどうしようもねぇな…」と思わせてくれたところで、主役の活躍。折り重なる死体に隠れて、いかにもナチでデヴな将校を嚆矢に、モシン・ナガンの1クリップ5発全てを、ドイツ兵の額に叩きこむ。
この功績により彼はソビエトが誇る最高の狙撃兵として祭り上げられ、活躍と葛藤を繰り返すことになる。

中盤の狙撃戦も良い。特に工場の戦闘。パイプをくぐって回り込み、ガラスの破片を利用して敵の位置を探る。少しでも身体を出せば、死が訪れる。
「はるか遠くの敵をも射抜く」というよりは、「待ち構え、先回りし、一瞬の隙も逃さない」という狙撃戦だ。そのため、「一撃の為にそこまでするか」と唸ることは多いが、対して、「あんな遠くの小さな的によく当てられるな」と驚くことは冒頭以外はあまり無い。室内戦も多いためだ。

待ちに徹し、一瞬の隙も逃さない老練の狼・ケーニッヒ少佐。
敵の動きを探り、チャンスを作り出す若き狩人・ザイツェフ。
この対決の構図だけでも、つい燃えてしまうことは言うまでもなし。

…いいじゃねぇか。何が惜しいってのか。
…もしかして、やっぱり。
うん、そうなんだ。要は、「三角関係とかそういうのはいいから、戦闘に集中してくれよ」、ってことなんだ。

(以下、かなりネタバレ)
こう反論されるかもしれない。
ザイツェフとケーニッヒの決着において、友情と愛情は重要な役割を果たしている、と。
たしかにその通りだ。若きザイツェフの技量は、老練のケーニッヒには及ばない。最終的に勝敗を分けたのは、狙撃の技術ではなく、彼らが負っているものの差であった。
片や、恋人を失った怒りと悲しみ。そして、失われつつあるゆえに輝きを増す、友人との絆。
片や、息子を失った悲しみ、ベテラン職業軍人としての矜持、そして除隊を迫られつつある焦り。
ケーニッヒは最後の戦闘ではそれまで保っていた冷静さを欠く。勝利を確かめるために、無謀にも立ちあがりザイツェフのポジションを探ろうとし、その結果、敗れる。

その通り。技ではなく、情が勝敗を分けた。

…だが、そういう決着を採るべき必要があったのか?
普通に、戦闘の技術に重点を置いてくれて良かったのではないのか?
技術があるだけでは勝てない、感情がなければ勝てない。たしかにそうかもしれない。しかし、この映画の場合、画面には三角関係という要素を、台詞には体制批判という要素を、それぞれ混ぜ込もうとし過ぎていて、結果としては戦争そのものの描き方が不徹底になってしまっている。

例えば、自分が恋に破れたことがわかるやいなやザイツェフ批判を新聞に載せる、終盤のダニロフ。あまりに唐突で度が過ぎており、見ていてつい笑ってしまったくらいだ。
ショタが吊られてしまったことも気づかずイチャイチャしている主人公とヒロインの姿にも、不快感を覚えた(←これは非モテゆえの理不尽な考え方かもだ)。

ユダヤ人問題も交え、ナチスのみならずソ連の体制も批判している。だが、その批判内容は、「平等の名の下に特権階級支配」を平板に語るのみで、わざわざ台詞にするまでも無いのではとさえ思う。
ソビエトの体制のマズさについては、冒頭の戦闘の酷さだけで十分伝わる。仮にそれが無かったとしても、極端な話を言えば、フルシチョフの存在だけでも十分に体制の矛盾が説明できているのではなかろうか。着任早々スターリンの威光を振りかざし強権的な指揮を執り、戦争におけるプロパガンダの威力を最大限に活用し、その為には人民の命も金も惜しまず、しかし後にはスターリン体制を批判し冷戦の雪解けにも貢献したという史実。

三角関係と、体制批判の上滑り感。
この上滑り感を合理的に説明できる、一種のトンデモ説をぶち上げることも不可能ではない。

「これはソ連のプロパガンダ映画のパロディですッ!」(C・風のシスティーナ)
…という説を。

根拠はいくつもある。
・ザイツェフの来歴をはじめとして、史実とはかなり異なる
・ザイツェフは「祭り上げられた田舎者の英雄」であることが強調されている
・「愛と死」というわかりやすい構図
・そもそもケーニッヒ少佐は、ソ連がプロパガンダ用に作り上げた架空の人物らしい
・エンディングが、ソビエトのプロパガンダ映画風である。
…。
あとは任せたキバヤシ。どうも、この説を膨らますのは不毛な気がするんだ…。


というわけで、「戦闘以外の要素を無節操に詰め込み過ぎで、どうも惜しいなぁ」と感じた映画だった。
だが序盤や中盤の戦闘がいいセンスだったのは間違いない。主演のジュード・ロウも、悩める天才狙撃手の格好良さと、学の無い田舎者のイモ臭さの両方を完璧に表現していて素晴らしい。
憎み切れない…むしろ好きなくらい…どうすればいいのだろう…この感情…。
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2010/09/23(Thu)  映画コメント(2)トラックバック(0)
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