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METAL GEAR SOLID V GROUND ZEROES 感想と考察(10.1追記)

○はじめに
 平和が終わる、Vが目覚める。
 ゲームエンジン「FOX ENGINE」の開発により、MGSはとうとうオープンワールド制へと歩み出した。
 前作「PEACE WALKER」から早4年。伊藤計劃に捧げられたそのゲームの続編が、その命日に発売されるという因縁。
 4で完結したソリッド・スネークの物語に代わり、3、MPO、PWから引き続くビッグボスの物語。前作で築き上げたものが容赦なく壊される――それは暗鬱な物語へ漕ぎ出しであると同時に、これまでのゲームシステムを「ぶち壊す」という暗喩も含まれているだろう。かつて「SNAKE EATER」というタイトルに「MGSというゲーム自らを食らう」という含意があったように。
 本編「THE PHANTOM PAIN」のプロローグである「GROUND ZEROES」のみを先行するという変則的な販売手法。果たしてどう出るのか。


○ゲームシステム面
 なかなか歯ごたえがあって、非常に面白い。オープンワールド制という、ゲームとしての楽しさが最大限に問われる舞台に臨むにあたり、過去作で調整不足だった面をしっかり洗い出しています。主には、ゲームを簡単にしすぎていた箇所が修正されているのです。かと言って、難しすぎるというわけでもありません。新しく導入された救済システムがうまいこと機能しています。
 監督が言うとおり、リニア(線形――進む方向が決められている)なゲームでないので、全方位への警戒を強いられます。敵兵の視界も長い。監視塔やライトを使ったり、仲間と連携して視界を補いあう兵士もおり、一筋縄ではやり過ごせません。
 レーダーも無いので、スネーク自身の視覚と聴覚での状況把握を強いられます。オープンワールドといえば、アサシンクリードはもちろん、GTAにもステルス要素というのは取り入れられているのですが、あれらって当たり前のようにレーダーがあるんですよね。本家であるMGSにそれが無いのだから、厳しいのは当たり前かもしれません。
そして、これまで頼みの綱だった麻酔銃やCQCがそれほど万能ではなくなっています。軽々しく不殺でござるなんて言ってられません(そんなストーリーでもないし)。
 麻酔銃は射程も短く貫通力も無いので、遠いところは狙えないし、ガラス窓越しや金網越しにも当てられない。所持弾数も補充ポイントも少なく、無駄には撃てない。
 CQCは吸い込み能力に乏しく、そもそも敵の視界が広く頭も良いので、格闘距離まで近寄るのが難しい。また、ライフ制がシールド制(FPSでよくある、ちょっとなら耐えられて自動回復するけど、連続で食らうとすぐ死ぬアレ)に変わったので、こちらに撃ってきている敵に突撃してCQCをかます戦法も難しい。
 人間以外のオブジェクトもなかなかいやらしい。曲がり角には金ダライやポリ缶が置いてあったりして、接触すると倒れて音を立てる。監視カメラを壊すと、「映像が途切れたのでチェックしてこい」と連絡を受けた増援がやってくる。車両は視界、攻撃力、速度ともに凄まじく、生身で正面から対抗できるものではない。
 そんなわけでかなり難しい。ゲームに慣れてない人ならば、スタート地点の崖のあたり、基地の柵に入る前に見つかって嬲り殺されるかもしれません。しかし、プレイヤーを補助し失敗から救済するシステムがいくつか導入されており、それらがゲームバランスを調整しています。「噛みきれない」ではなく「歯ごたえがある」状態へと上手く料理されているのです。
 まず、敵兵へのタグ付け。PWでも導入されていましたが、今回はさらにタグ付けがしやすく、活用もしやすくなりました。R1ボタンで使える双眼鏡で注視するだけでタグが付けられ、タグが付けられる人数の制限も(多分)ありません。それらのタグは常にメートル距離と共に表示され、スネークが静止している間はさらに敵兵のシルエットが壁越しにも透けて見えます。
 次に、被注目方向の表示。これは、30~40m程度の距離の敵に怪しまれている際に、その敵の方向と注目度が白い円弧状の方向表示(FPSのダメージ表示と同様)で示される仕様です。これによって、全方位警戒を強いられるこのゲームにあっても、「どこの敵に怪しまれたのかわからない」ということがなくなるので非常にありがたいです。
 そして、方向表示の発展形であるリフレックスモード。非常に近い距離で敵に発見された場合、例の「!」の効果音が鳴ると同時に被発見方向が表示され、時間の流れが遅くなる、というもの。このスローモーションの時間中に敵を無力化できれば、増援を呼ばれずに済むという、「最後のチャンス」システムです。
 これら、「難しくなった箇所」と「救済システム」が非常によく噛みあい、絶妙な緊張感と戦略性、そして自由度を実現しています。PVでは「リフレックスやタグ付けが便利すぎて余裕じゃね?」と訝しんでいましたが、それらがあっても結構難しい。それらがあるからこそ、「過度なストレス」ではなく「適度の緊張感」が味わえる。そんな絶妙なバランスに、ほとんど文句の付け所はありません。
 ただ、2つほど修正してほしいとこがあります。
 まず、壁張り付き関係。今回、壁に近づくと勝手に張り付くようになっています。張り付き姿勢は4やPWに近いですが、操作系は3以前に近い。ただ、判定が微妙な気がします。曲がり角等で張り付こうとする場合にちょっと距離感を間違えると、貼り付けずに頭がちょびっと角からはみ出てしまったり。で、これまたいやらしいことに、そういう場所に限って敵が巡回していたりするんですよね……。
 次に、足音関係。いえ、スネークの足音ですぐ敵にバレる、というわけではないのです。今回、敵の視覚が強化されたのに比べると聴覚はさほどではありません(先述したようなオブジェクトの物音は危険ですが)。とはいえ、「全方位警戒」を強いられるゲーム性の割に、敵の足音が小さすぎるのではないかと思います。特に、先ほど述べたような曲がり角などは、「足音が聞こえていたらなぁ……」と感じさせられました。もっとも、これは僕がテレビの内蔵音源を使ってプレイしていたせいかもしれません。CoDのオン対戦とかだとちゃんとヘッドホン付けるのですがね(特にGhostsは足音デカいし)。双眼鏡とタグ付けによる索敵がたしかに便利ではありますが、足音を聞き分けることで警戒するという原始的な要素を強化してもいいのではないでしょうか。
 あ、小さいことなのですがあともう一つ。マザーベース脱出のところ、プレイしたかったです。今回デモシーン少なめなうえプレイとシームレスであり、非常にバランスがとれているのですが、やはりああいうところをプレイさせずにデモシーンとして流すのが、監督のゲーム作家としての「線引き」なのでしょうか。せっかくのXOFとの邂逅であり、マザーベースの崩壊という感情を揺さぶられるイベントなのだから、自分にも撃たせて欲しかった。本編ではこういう箇所がプレイアブルになっていることを期待します(ただしPWやMGRみたいなQTEは勘弁な)。


○ストーリー面
 トレイラーで予測された以上のストーリーはほぼ無いです。しかし、それでも考察できることが結構あります。なので、次項にいろいろ書きます。
 ただ、PWの楽観的な狂気――状況(ゲーム)にハマるままにどんどん軍拡し気づいたら核武装――が崩壊しようとする悲壮感と緊張感が巧みに描かれています。ブリーフィングテープの「楽観していたら状況がどんどん悪くなっていく」という雰囲気など、脚本の妙でしょう。
 パス救出時に流れる音楽の演出なんかもウッとなりましたね。あとレンズフレア大好き小島監督のレンズフレア祭り最高。


○考察
以下、ネタバレ全開です。

1,スカルフェイスの真意と過去
 新事実から考察できること。それは主にスカルフェイスに関する事項です。
 まず、エンディング後恒例のラスト無線でスカルフェイスの目的がわかります。なんと、「ゼロの殺害」である、と。これが本心なのかどうかは確信できませんが、ここでは本心だと仮定します。スカルフェイスは上司であるゼロを殺そうと考えている――今回のテーマが「報復」であることを考えると、その動機もまた「報復」ではないかと推測されます。
 次に、「尋問テープ」でスカルフェイス自らが語る過去。「菜種油」という単語に「レプツェ」というルビがふられています。これはググったところによると、ハンガリー語の「Repce」であるようです。
 このことから、彼の祖国はハンガリーではないかと考えました。
 確かにハンガリーは二十世紀、王制・民主主義・ナチス支配・ソ連社会主義と目まぐるしく社会体制が切り替わった国であり、それは言い方を変えれば何度も国が滅んだということでもあります。
 そのため僕は、
・スカルフェイスは子供の頃、ナチス支配下のハンガリー王国で育った。
・そこに連合軍が現れ、彼の働く工場を空爆した。
髪の毛半刈りどころか肌まで丸刈りになった。
・その作戦を指揮したのはゼロ少佐である。
・その復讐を目論んでスカルフェイスはゼロの懐に飛び込んだ

と単純に考えました。
 ですが、skypeでazrailさんと話したところ、もう少し考えが深まりました。
 ハンガリー語は「マジャール語」と言ったほうが正確であるらしく、その使用者はハンガリーのみならずユーゴ圏にも多く居るそうです。ユーゴ圏は第二次世界大戦時にも対独パルチザンが活動しており、その様子を描いた映画に「アンダーグラウンド」があります。地下の工場という閉じられた世界から出ることなく、黙々と武器を作り続けるという描写――スカルフェイスの自分語りとも一致します。
 そして、
f9d92447a4090840bebbda57d44ed234.png

このツイートを思い出しました。
 スカルフェイスのキャラ造形に「アンダーグラウンド」を参考にしたということは十分ありえるのではないでしょうか。
 また、ハンガリーでの対ナチス戦を行ったのは、連合国軍は連合国軍でも英米ではなくソ連が主だったので、英国陸軍のゼロ少佐がそれに関わったというのは疑問を持ちました。可能性が高いのは、ゼロ少佐よりもむしろザ・ボスの方、つまり連合国軍から精鋭を引き抜いて様々な特殊作戦を行っていたコブラ部隊の方では――と。
スタッフロール前のスカルフェイスの「Here’s to you」に対する言及――自分の死によって理不尽な社会の存在を訴えたニコラとバートへの冷笑――は、むしろザ・ボスの死に対比させたものではないか、と。ザ・ボス自身が死を選んだ真意は違いますが、MGS3という作品とザ・ボスという人物を通して小島監督が訴えたかったのはそういうメッセージだった、というのはコメンタリーでも言及されていることです。
よって、以下のように考えが変わりました。
・スカルフェイスは子供の頃、ユーゴ圏の小国で育った。
・そこに連合軍が現れ、彼の働く工場を空爆した。
・空爆の下調べをしたのは特殊部隊の先駆け、コブラ部隊である。
・コブラ部隊はパルチザンの支援もしていた。
・コブラ部隊を率いるザ・ボスは死んだが、その死と思想に傾倒する者達が居る。
・それはゼロとビッグボスである。
・彼らに報復するためにスカルフェイスは真意を隠し、サイファーの実行部隊XOFを率いる。

 いかがでしょうか。しかし、彼にとっての「報復」というのがもっと複雑なものを意味している可能性があります。そこまではまだ自分は考えられていません。
 また、「報復」と対になるもう一つのMGSVのテーマ「人種」も関わってくるかもしれません。ユーゴといえば、90年台の紛争が「タクティクスオウガ」のモデルになっていることが有名ですが、あれも「人種」間の差別と階級闘争を色濃く描いたゲームでしたね。
(追記)
 それと、10月に映画公開されるらしいアゴタ・クリストフの小説『悪童日記』のことも思い出しました。あれも明言はされていないものの、舞台は第二次大戦期のハンガリーです。「ぼくら」という一人称をもって自らを区別せずに語る双子の少年が、国が動乱する困難な状況を強かに生き抜き、やがて別々の存在として生きていく、という内容で、民族離散文学の傑作です。
 スカルフェイスの自分語りはバットマンのジョーカーのように、毎回異なる虚実不明なものなのではないか、という説を見かけました。そういえば、『悪童日記』とその続編である『ふたりの証拠』と『第三の嘘』は、三部作として成されながらも毎回設定が異なり、そしてその「語りの揺らぎ」こそが国家や民族、言語、記憶、虚構、現実といったものの不確かさという、作品を通底するテーマを裏打ちしています。TPPにも通じるような気がします。


2,XOFについて
「XOF」の読み方は結局わかりませんでした。僕はツイッターで見かけた「Xi+Ferで、中心にゼロが居る――サイファーと読む」説をとっていました。解体されたFOXの亡霊、ネガとしてのXOF=サイファー。
このように仮定すると、トレイラーでも話題になった「XOFのヘリのペイントを消し、XOF部隊章も捨てる」場面に「所属を示すものを作戦前に破棄する」以外に、前段で述べた「ゼロに対しての叛意」という意味を見出すことができるのではないでしょうか。
ただ、スカルフェイスは諜報機関や実行部隊といった団体の名称ではなく、ゼロ個人のことを「サイファー」って呼んでいるんですよね。それが気になります。

3,パスやチコの生死
パスは流石に死んだんじゃないか、と思います。「実は生きてました」展開が多いMGSだし、爆発に巻き込まれるってのはフィクションにおいてしばしば生存フラグになるけど、流石にあれでは……。発売前はTPPトレイラーのマンティスっぽいやつがパスかな、とか妄想していたんですが。
(追記)
 と、思ったんだけど、よくよくあのシーンのカメラワークを見ると、生存説の方に傾いてきました。
パスがヘリのドアを開ける

XOFのヘリが来る、兵士がこちらを向いてる←爆弾のスイッチを持ってる様に見えたが、実は携行砲を持ってる?

飛び降りるパスにカメラが移り、XOFヘリと兵士は画面から外れる←ここが怪しい

爆発と墜落←パスの爆弾ではなく携行砲によるもの?

 と、考えたのです。
 また、例のサイコマンティスっぽい奴についても考えました。内蔵を失ったようなデザイン的に、あれがパスというのはけっこう有り得そうなことだと思います。ただ、それとは別として、あれがマンティスに異様に似ているということに注目したい。
 マンティスの経歴の中に、「FBIで超能力捜査官をしていた頃、シリアルキラーの精神に没入してしまい、自らも殺人を犯してしまった」というのがありました。また、スクリーミングマンティスがあんな風になってしまった原因もサイコ・マンティスという殺人鬼であります。
 そこから考えて、TPPに登場するらしいミニマンティス(仮称)は、そのシリアルキラーなのではないか…と思いました。自らを外界から遮断し内面に拘束するようなサイコマンティスの姿は、ミニマンティスから受け継いだものなのではないか、と。そして、遮断と拘束とはパスが受け続けてきた凄惨な拷問と通じているのではないか、と。
 TPPにはMGS1のFOXHOUND部隊を思わせる面々が登場することも、この説を補強するのではないでしょうか。
まず、オセロット。
リキッド本人と思われるイーライ。
ウルフと間接的な関係くらいはありそうなクワイエットやDD。
そして、マンティスの「オリジナル」…というわけです。

チコについては、僕はあのあと捕縛されて処刑されたのではないかと思っています。というのも、以下の写真を見ていただきたい。
まず、「BACKSTORY」トレイラーでわかるチコの背番号。
4468639b65d67d0cdd744a79664c8a68.png

 次に、TPPのトレイラーでわかる囚人の背番号。
da543aa9b2314b1999e0d5ee81759e35.png

 本編で読み取った結果、囚人番号は「47882」でした。以上の写真でも、下三桁の「882」は共通しています。
 GZのエンディングのあと回収され、グアンタナモに連れ戻されて処刑されたのでは無いかと考えられます。もっともあの処刑された囚人は袋を被されて顔が見えないですし、ミスリードの可能性も考えられますが。
 これは勝手な決めつけなんですが、パスが爆死していればチコも処刑されているでしょう。フィクション的な望み――子供は殺されないものだ――が全く通用しないほどMGSVは容赦の無いシナリオなのではないか、と思うわけです。なにせ、少年兵を殺害するミッションも有るようですし。
 子供だろうが何だろうが死ぬときは例外なく死ぬ。それでこそ、「例外」として生きているスカルフェイスや、「亡霊達」の存在が際立つわけですし。
 ただ、二枚目の写真の方は、上二桁が「47」には見えにくい。少しは希望が残されてるのかもしれません。

4,サイドミッションで強調されるブラックサイトネタ
 本ゲームはメインミッション1つと、サイドミッション5つで構成されています。サイドミッションはMGS1をモチーフにしたデジャブ・ミッション(Xbox版はスナッチャーやMGRをモチーフにしたジャメビュ・ミッション)を除けば、サイファーが政府や統合参謀本部に秘密でグアンタナモ内に作っているブラックサイト(秘密収容所)を巡る、本編とはパラレルな時間軸でのストーリーとなっています。
 近年問題になっているブラックサイトは主に911以降に作られ、各地でとらえたテロ容疑者を租借地へ移送し、どちらの国家の法律も守る必要が無いという事情を利用して過酷な尋問を課している、と言われています。MGS世界では1975年、ベトナム戦争末期の時点で出来ているというわけです。その理由は何なのか?
僕はやはり地域紛争の激化とそれに対するゼロの「規範」の反応が原因だと考えます。そして、この時代のMGS世界で現実世界よりも地域紛争が激化した理由の一つに、巨大化したMSFの存在があるのではないでしょうか。
要するに、ゼロとビッグボスの争いの間で生まれてしまった「歴史の歪み」がブラックサイトである、というわけです。ならば本作で大きく取り上げる理由もわかります。

5,ラストの年表について気になる箇所いくつか
・恐るべき子供たち計画の破棄
 76年、つまり双子たちが4歳の時点で破棄、と書かれています。計画の破棄とはどういうことでしょう。別口の計画でもっと完璧なクローンであるソリダスが出来たから、アンバランスな双子たちはもう要らない、ってことなのでしょうか。子供リキッド説が有力であるTPPの登場人物Eliがああして少年兵やってるのはそのためなんでしょうか。少なくともソリッドの方は誕生から陸軍入隊まで英才教育を施されていたと認識しているのですが……。

・南アフリカ、カラハリ砂漠の核実験場を廃棄
 軽くググったところ、それほど有名な話でもないようです。わざわざ強調するということは、後に南アに建国されるアウターヘブンとの関係がある?

6,ヒューイの怪しさ満点
 トレイラーの時点で、オセロットに水ぶっかけられてカズの監視のもとで拷問されてる袋頭がヒューイではないか、とは言われてました。でもなぜああなったのか?
 GZが発売されてみたら、その理由はまるわかりでした。あいつ絶対サイファーに通じてます。
 IAEAの査察要求を独断で受け容れ、ヘリで帰還中のスネークを楽観視させるような無線を送り、マザーベースを襲撃されても何故か生き残ってTPPに再登場。
 よく思い返せば、PWからちょっと怪しい描写はありました。コールドマンを見送ったあとの微妙な間とか。パス戦直後、空気も読まずにZEKEの開発状況を無線する冷淡さとか。
 演技もよく聞けば、1のオタコンっぽい感じもします。いまいち実際の人間に興味が無く浮世離れした、「オタクらしい」雰囲気。
 彼は父親や核兵器、障害に対するコンプレックスを抱えており、思い込みが激しいところもあります。息子より危うい人間だったのではないでしょうか。というより、息子にとってのソリッドのような、自分を導いてくれる人間に会えないまま、その異常なまでの才能を暴走させていった、と考えるべきかもしれません。
(追記)
と、思ったんだけど、スカルフェイスが「世間知らずの科学者が窓口だ」と言ってるあたり、もしかしたら本当に善意と無警戒で査察受け入れを進めたのかもしれません。それはそれで最悪な奴ですが…。


○ボリューム
 そんなわけで、面白い……確かに面白い。が、どうしてもこれは肯定しがたいという部分があります。そう、ボリュームです。TPPはマップの広さだけでもGZの200倍あるそうなので、そっちには本当に期待していますが、それでもあえてGZについてのみ言わせていただきます。
 事前に「GZは二時間でクリアできる」という海外サイトのリークがあり、かなり話題になりました。あれは確かに「偏った」情報でしたが、「間違った」情報というわけではありません。自分もメインミッションの初クリア結果は約70分でした。慣れたら20分程度に縮めることは難しくないでしょう。サブミッションもそれぞれ、初クリア時間は30分前後でした。メインで慣れたことを考えても、ボリューム十分とは言い難いです。
・約2500円という安さ。
・やりこみ要素がまだ存在すること。
・GZは序章に過ぎない、という事前情報の存在。
・ゲームエンジン新規開発という「投資」。

 そういった事情を考えても、「メインミッション1つ+サブ5つ」はどうしても少ない。
「そういった事情を考えても」と言いましたが、これは僕が熱心なファンである故の「甘さ」であります。「それらを考えない」で「少ない」と断ずるのが市場においては普通である、ということを制作やファンの一部はもう少し念頭に置くべきでしょう。先ほど上げた事情はあくまで制作側の事情であり、ユーザー側の事情では無い、ということを。
 なんでこんな説教臭い、読む人によっては不快であろうことをわざわざ書くかというと、件のリークや発売後の批判に対する製作側やファンの一部のツイッターでの反応が目に余ったからです。
 広報の大石さんの、「二時間リーク」に対する反論は殆ど「ブチギレ」の様相でした。制作側として、苦労して作ったゲームに対するネガキャンに腹が立つのはわかりますが、丁寧に否定しなければかえってそういった勢力を煽るだけでしょう。まして、広報という、外面の良さが求められる立場なのですし、批判も当然予測される特殊な販売形態なのですから。
 また、ファンの一部の反応も「ネガキャンは死ね」だの「買わないのは本当のファンじゃない」だの、あっち側を煽るばかりの発言がRTされていて目を覆わんばかりでした。
 僕も「まぁ“有料体験版”呼ばわりされるのは避けられないよね」的なことを言った途端、「有料体験版とかぬかす野郎はエンジンの開発費わかってんのか?ゲーム制作はフィランソロピーじゃねーんだよ」みたいな空リプ(と思われるもの)がタイムラインを舞ってビックリしました。
 ツイッター中毒丸出しな発言すみませんでした。僕のタイムラインという狭い観測範囲の話だから一般化は出来ないかもしれません。でも、「どうあっても批判される売り方である」ということをもう少し覚悟して、批判やネガキャンに対しては冷静な反応をする(可能ならスルーする)べきだ、ということは言っておきたいです。
 念を押すようですが非常に面白いゲームですし、あらゆる面で本編を期待させる出来です。だからこそ、どっしりと構えて待ちましょう、と言いたいのです。


○総評
めっちゃ楽しい!好み!でも少ない!また待たせるのかよ!生殺しだよ!

……という感じです。
まったく、「待たせたな」じゃないですよ本当……本編に復讐を継ぐじゃないですよ……TPPまでどのくらい待つのだろう……。
とりあえず、デジャブ・ミッションを出すためにXOF部隊章集めてきます。アレかっこいいですよね。捨てるくらいならくれよ。

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テーマ : PLAYSTATION®4
ジャンル : ゲーム

魔法少女まどか☆マギカ 新編 叛逆の物語

○はじめに
とんでもないサイコレズ映画でした。

○感想
2011年4月、紆余曲折を経て放送されたTVシリーズの最終回は絶賛をもって視聴者に迎えられた。スタッフの技術の結晶である最終回の出来、そしてそれに対する絶賛の空気の中、結末に対する“ツッコミどころ”は殆ど黙殺された。
黙殺。その言い方は正確ではないかもしれない。自分が感じた印象を率直に語るならば――
「賛」の側に居る大勢はその“ツッコミどころ”を意識の外に追いやり、
「否」の側に居る少数は過去の虚淵作品との比較等の分析を行いつつ批判しながらも、多勢に無勢、いつしか消えていった。
自分はどちらかと言えば前者に含まれる。“ツッコミどころ”にもやもやしつつも、絶賛せざるを得なかった。だからこれは言い訳になるが、「意識の外に追いやり」などと「思考停止認定」のようなことを書いたのは、自戒の意味が大きい。
そしてこれもまた言い訳じみているが、後者を「消えた」などと書いたのは、あの最終回以降、自分がその批評力の鋭さに感心していた何人かのツイッターユーザーが、まどマギに批判的な感想を残したあと、アカウントを消すなどしてタイムラインから消えていったからだ(まどマギ批判はそうした行動に追い詰められた「原因」というよりは、そうした行動に向かう「兆し」に過ぎなかっただろうが)。
では、その“ツッコミどころ”とはなんだったか。
至って単純。

「まど神様が何でも出来るんだったら、魔法少女が消滅するシステムじゃなくて蘇生するシステムを造ればいいんじゃないの?」

それを言ってしまっては身も蓋もない、というツッコミどころではある。
でも、やっぱり避けては通れないツッコミどころだと思う。

「まどマギは『社畜アニメ』」。
あの結末を端的に批判する、秀逸な一言だと思う。
巨大なシステムのもとで、文字通り心身を砕いてきた者が最後の刻に至るとき、その戦いの日々を優しく肯定してやる。安らかに看取り、輪廻の外へと導く。

犠牲を強いるシステム自体を破壊する、という結末では無かったのだ。
犠牲を以てシステムを、優しい救済が約束された形に改変する、という結末だったのだ。

この結末、というより結論に、自分はそれほど不満を持っていたわけではない。
そもそも自分は、巨大なシステムの破壊、という結末にはそれほどリアリティは感じない。軽はずみに「リアリティ」などと言うと語弊がありそうだが、ともあれ、好みの物語の型ではないことは確かだ。そう思うのが何故かと考えると、ソ連の崩壊だ大きな物語の崩壊だというスケールの大きな批評的理由よりは、自分自身の境遇が根ざしているように思う。
自分は「システムの上で生きること」を選んだ人間だ。幾度か逸脱を考え、挫折に陥ったが、原点のシステムに乗っかることが最良だと結論し、それを選択した人間だ。
自分があのTVシリーズの結末を見たのは、まさに大学を辞め、社会システムの下での再起を図って浪人し始めた、不安な時期だった。だからきっと、あの結論に、自分の選択の肯定のようなものを見出していたのかもしれない。
今はその選択も報われ、ひとまずはシステムに乗るべく安定したところだ。
安定はしたし、選択を覆すつもりなど少しも無いものの、いくらかの後悔はある。
だからこそ、だろうか。『叛逆の物語』の公開が迫るこの頃、TVシリーズの結論には概ね満足だったけれど「その先」を見てみたい、という気持ちが非常に強まっていた。

では、実際に『叛逆の物語』が見せてくれた「その先」とはなんだったのか。
やはり、巨大なシステムの破壊、だったのか。
“叛逆”と呼ぶからには、魔法少女システムをもたらすオーバーロード、キュゥべぇを滅ぼすのか。
そうではなかった。そりゃそうだ。なんせ、オーバーロードどころかオーバーマインドが生まれた世界の話なんだから。

先ほど言ったように自分は、巨大なシステムを「破壊」する物語を好まない。
しかし、巨大なシステムに強烈な意志――とりわけ悪意に分類される感情をぶつけ、自らを焼き付けてやるような物語は大好きだ。
ファイトクラブやダークナイトなんか、まさにそうだろう。
魅力的な悪役――ヒール、ヴィラン、あるいはダークヒーロー――が、完全なる正気のもとに、狂気じみたテロを行う。その「狂気じみた正気」の根本には何かへの「執着」がある。その執着の前には、他のことなんか知ったこっちゃない。

『叛逆』は、まさにそうした物語だったと思う。ほむらが、まどかへの執着(劇中では、はっきりと「愛」と言っている――これを台詞で明確にすることにはスタッフでも議論があったらしい)のもとに、システムを律する存在に対して叛逆の意志を示す。

何より面白いのは、叛逆の意志を叩きつける対象だろう。
魔法少女システム(=キュゥべぇ)ではなく、なんと、円環の理というシステム(=まどか自身)なのだ。
まどかの犠牲の果てに得られた救済のシステムを否定し、喪われたまどかを希求する。「サイコレズ」と呼ばざるを得ない、アウトローとしてのほむらの覚醒の物語だったのだ。

本作では、執拗に「円環の理」のモチーフが描かれる。
ほむらのソウルジェムが渦潮の中を回る冒頭。
まどかを中心にしてぐるぐると追いかけ合うさやかと杏子。
巴型を為して空へ上る、ひとみと恭介。
ナイトメアをお菓子にして円卓を囲んで歌う、魔法少女達のお茶会。
見滝原から出ることなく、市内を循環し続けるバス。
くるくるとバレエのように踊りながら変身する、魔法少女達。
英題の「rebellion」にダブルミーニングを持たせるがごとく、近接して互いに回り込みながら撃ち合うほむらとマミ。


対して、ED後のパートでは、破壊された円環の理のモチーフが描かれている。
半月、というよりは半分に削られた満月、と呼ぶべき形で浮かぶ月。
旧作より増していた体の丸みをすっかり失い、ふさふさのぎざぎざになってしまったキュゥべぇ。

このようなモチーフに代表されるように、ほむらが円環の理に叛逆する、という物語なのだが、そうなるまでには幾重かの入れ子構造を経る。
実はほむらの妄想に過ぎない楽しげな世界、実験材料として囚われた現実のほむら、妄想世界に介入する円環の理とその手下の魔女たち、そんな救済の使徒を利用して世界を書き換えるほむら。
こうした構造の移り変わりが、目まぐるしく行われる。
いささか説明過剰な感があったTVシリーズや総集編映画と異なり、その転移に伴う説明台詞はあくまで最低限度に刈り込まれていた。
説明台詞の代わりに、劇場用にダイナミックになったイヌカレー空間や、画面狭しと動き回る魔法少女たちが、異様な密度で世界の転移を見せてくれる。そんな映画になっていた。

今考えれば、昨年全国の劇場で上映された『始まりの物語』と『永遠の物語』が(「映画」としての画面や脚本構成の工夫はありつつも)頑なに「総集編」の枠に収まっていたのは、それこそTVシリーズの「ループもの」として性質を守り、この『叛逆の物語』の「ループ破壊」に寄与するためだったのかもしれない。

自らが望んだループから脱出したのと同時に、少女から神と化したまどかの作ったループに従うことになった少女ほむらが、自らの作ったループに囚われ、そこから救い出そうとするまどかを無理やり取り込んで、神と対立する存在である悪魔と化す。
対立すること。言い換えれば、並び立つこと。
まどかを救う願いのために空回りし続けるほむらでもなければ、神と化したまどかに救われるだけのほむらでもない。
TVシリーズは「ほむ×まど」が「まど×ほむ」へと「逆転」する百合アニメだったが、そこからさらに「叛逆」するサイコレズ映画だった。

サイコレズサイコレズ言うとほむらを狂人扱いしてるようだし、まぁ実際狂人ではあると思うのだが、それでも、先述のように「正気のもとに狂気を行う」という状態を結末に合っても保っていることは明確に読み取れる。
それは、「まどかが居れば他のことは知ったこっちゃない」態度でありつつも、悪魔である自らへの抑止力となりうる魔法少女や魔女の存在を認めていること。そして、まどかが自分の選択を否定する未来すら受け容れようとしていること。
視野狭窄気味だったTVシリーズのほむらに比べて、こういう寛容さは「成長した」と言える。まぁ、「まどかしか見えていない」選択を為す点では視野狭窄が進んではいる、とはいえ。
ともあれ、ひとまず「まど×ほむ」と叛逆した関係が、再び「ほむ×まど」へと逆転する可能性すら受け容れている。これこそが、「並び立つ」関係性の完成を示しているのではないか。

「教義の為なら神をも殺す」
そんな台詞が思い浮かぶ、実に好みの物語だった。

○まとめ
「まど神様が何でも出来るんだったら、魔法少女が消滅するシステムじゃなくて蘇生するシステムを造ればいいんじゃないの?」
この“ツッコミどころ”に対して、どう出るか。どう“叛逆”するというのか。
昨年の劇場版が終って予告編が流れたときから気になっていた疑問であり期待でした。
そして、やはりと言おうか、単純に「0に還して蘇生する」という答えではありませんでした。
TVシリーズでまどかが辿り着いた、犠牲を肯定し救済するシステムを0に還すのではなく。
あくまで、ほむら個人の執着を極限へと昇華し、システムと化したまどかと並び立つこと。
それが、示された答えでした。
ほむらというキャラクターの極端な部分を真摯に見つめてさらに極端にした、そんな素晴らしい答えだったと思います。

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2012年読書記録、あとベストテン

○はじめに
あけましておめでとうございます。マヤ歴終われど地球は終わらず。無事にやってきてしまったこの2013年正月、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
僕におきましては、センター試験が迫っていますが、前年の読書記録記事は毎年書こうと決めているので(と言ってもまだ二年しか書いてないけど)、一月のうちに書いておこうと思ってこうしてパソコンに向かっているという次第です。そう、センターなのですよ。
…………。

いよいよ明日がセンター試験本番ですよ!
むっちゃドキドキしてきた…。
受験生の皆さん、今日くらいは勉強は休んで明日に備えますよね?


……?
!?
そうだ!今年はセンター試験なんぞ受けなくてもいいんだ!もう四捨五入して十回は受けてるから飽き飽きしてたとこだったんだぜ!やった!エロい!!

……というわけでいいかんじに空回ったところで、2012年に読んだ本のベスト10と短評を書こうと思います。例のごとく、読書メーターの機能を利用して。


○概略
47冊。
とうとう50冊を割ってしまいました。毎年毎年「もっと読みたい」などと意識の高いことを言ったり、たまの読書の話と言えば流行りの国内ミステリの話題ばかりの同級生の横で孤高を気取ってるわりに、週一冊のペースすら保てなかったんですか……しかも、去年は一昨年より明らかにヒマだったのに……まったく、情けないですね……。

もっと読みたい、ですね!

……。
ジャンルの内訳としては以下のようになっております。
・ライトノベル 14冊
・海外冒険小説(スパイ小説等) 10冊
・海外文学(SF込み) 7冊
・国内SF 4冊
・国内冒険小説 2冊
・国内時代小説 2冊
・歴史・軍事等 3冊
・機龍警察 4冊
・機忍兵零牙 1冊

「もっとラノベで冊数稼いどけばな~」的な本末転倒にも程があることを考えていたけれど、こうして数えてみると、普通にラノベの割合が多いという。そういや「アニメだけじゃなく原作も読んどこう」で読み始めたとらドラが止まっているな。あとEGコンバットの最終巻が楽しみだよ、な!
上記の内訳で、「海外SF」を「海外文学」の中にまとめてるのは、どっちに分類すべきかわからないものが多いからです。『すばらしき新世界』みたいに古典SFというより単に古典文学として扱われるものとか、『殺す』みたいにもともとサイエンスサイエンスしてないSFを書く作家が書いた、現代小説とか。
「今年はスパイ小説をたくさん読んだな」という気がしていたんですが、基本的にスマイリー三部作とマクレディ四部作をさらっただけだったんですね。ほんと気のせいって怖いですね。
あ、『機龍警察』が単独ジャンルになっているのは、ツイッターでとある人が「機龍警察はジャンルとか超越した、一種のライフスタイル」などと言い放っていたからです。かく言う私も、すっかりはまってしまい、知り合いにオススメ小説を聞かれると脊髄反射できりゅーけーさつと叫んでしまう病気にかかっています。
あと『機忍兵零牙』も単独ジャンル……というかライフスタイル……いや、あれは「忍法」ですね。読んだ人間が何らかのジツ……ちょうど作中の黒薙怜門のジツのような……にかけられてしまう、忍法。というか機忍法。そう、機忍兵零牙は機忍法なのです。何を言ってるのかわからねーなら読んでください!!


○選抜
ベスト10とそれぞれの短評をば。

1・機龍警察(月村了衛)
『機龍警察』、『機龍警察 自爆条項』、『機龍警察 暗黒市場』の三篇。
月村了衛の名前は、一昨年に見た少女革命ウテナのいくつかの脚本で意識することになりました。「選ばれた者」である主役キャラクターらの影に隠れた、「選ばれなかった者」である脇役キャラクターの割り切れない心情を鋭く描き出した月村脚本回には非常に感心したものです。機龍警察シリーズでもそういった要素があり、魅力となっています。
しかし、単純に警察小説……というより冒険小説としても、とても楽しい。「冒険小説」という言い方は、かなり広いジャンルを指します。警察小説のようにサスペンスやミステリめいたものも含むでしょうし、世界を股にかけるスパイ小説、硝煙の匂い立ち込めるミリタリ小説なんかも含まれます。そういったジャンルの面白さが、ぎっしり詰まっているのです。
無論、「機甲兵装」というパワードスーツ系ロボットが普及し犯罪にも利用されるようになった世界に、「龍機兵」というさらに進んだロボットが投入されるという一種の外挿的なSF要素もありますし、そっちの方面でも楽しめるでしょう。
アニメでも見られたキャラクターへの書き込み、そして冒険小説らしい背景と展開の緊密さ、そして近未来SFとしての地続き感。これらがしっかり噛みあったこの小説シリーズ、
一年に一冊というそれこそ海外めいたペースではあるが(※1)、これからも実に楽しみです。
一作目は「導入」という感じなので自分はそこまで引き込まれなかったが、二作目の踏み込み方にはごっそり持っていかれ、気づいたらハードカバーで三作目を買っていました。そんで、twitterでは日々ドラグ・オンだの、みどライザだの、機忍法だのと騒いでいる。おすすめです。


2・スマイリー三部作(ジョン・ル・カレ)
『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』、『スクールボーイ閣下』、『スマイリーと仲間達』の三部作。
『ティンカー~』を原作とする映画『裏切りのサーカス』(現代は『ティンカー~』のまま)が公開されると聞いたので、それを切っ掛けに買いました。とはいえ、お世辞にも読みやすいとは言えないので、読了にはかなり時間がかかってしまいましたが。あ、ちなみに映画も名作です。ちょっと初見ではわかりにくいかもだけど。BD買いました。
自分としては、『スクールボーイ閣下』の下巻が好きです。上巻までだとちょっと退屈ですが、国家や組織の間で利用される存在としてのスパイの現実的な悲哀を描き出すこのシリーズにあって、さらに濃く、没落エリートとしての彼らの側面を活写した下巻は素晴らしい。『寒い国から帰ってきたスパイ』との相似関係を思うと、ますます。


3・サバイバー(チャック・パラニューク)
ファイトクラブと同じ作者。427ページから始まって1ページで終わるという変わったページ立てをとっている。構成的にはファイトクラブとそうは変わらないが、頭の中を一行知識で埋め尽くされることで予め発展性を奪われてしまっている主人公が、一種の原点を目指して徘徊する様はより痛々しい。体系的な知識や円熟した人間関係が無いという点では、わりと自分にも近いので、なんというか、その、死にたい
|←クリード教|   オワタ┗(^o^ )┓三


4・卵をめぐる祖父の戦争(デイヴィッド・ベニオフ)
レニングラード攻防戦を舞台にした、凸凹コンビの珍道中。「絶望の中の希望」とかそんな類型的なところにも陥らず、まさに友情あり笑いあり恋あり、しかし悲哀や残酷もある、そんな楽しい青春冒険小説です。訳も軽快で、ユーモアも効いていて、とても良い。


5・すばらしい新世界(オルダス・ハクスリー)
その内部に居るものにとっては「これが当たり前」であり、疑問を持てる余地など全然ないからこその、ディストピア。
ぼくはミスターサヴェッジだ。


6・鷲は舞い降りた(ジャック・ヒギンズ)
イーグルハズランディッド。
いい男たちですよ、これは。これが冒険小説だ、というところなんでしょう。
「おすすめ」と言うのも恥ずかしいくらい、必読。
続編の「飛び立った」は相当アレだと聞いたが、どうなんでしょ。


7・ペイルライダー(江波光則)
いじめの『ストレンジボイス』、新興宗教の『パニッシュメント』も良かったけど、自分が気に入ったのは最初に読んだものであるこれでしょうか。ささやかな詐術と暴力を効率よく、小気味良く用いてスクールカーストをかき回していく主人公のやり方、ちょっと捻くれた人なら「これが俺のやりたかったことだよ!」と思うはず。タイトルはイーストウッドの西部劇からとったものであり、「流れ者が己の過去と対峙する」という西部劇の表側と「外からやってきた小規模な暴力がコミュニティをかき回す」という裏側が、互いに意地悪い形で、表と裏とを逆転したような小説。「プロジェクト・メイヘム」なんてワードもあったり。
作者の江波光則、星海社で魔法使いものをやるって聞いたけど、良くも悪くも気になるな…。


8・デミアン(ヘルマン・ヘッセ)
卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでいく。
雛は我らだ、卵は世界だ。
世界の殻を破らねば、我らは生まれずに死んでいく。
世界の殻を破壊せよ、世界を革命するために!


9・E.G.コンバット(秋山瑞人)
これで秋山瑞人の単行本発行作品は全部読んでしまったことになるのか……。ロボットをハードウェアとして、それを司るソフトウェアの操り方の面からも動かしていくサイバーパンク精神溢れる書き方。「個性派揃い」とか「生々しい」などと安易に片付けてしまうのは勿体ない、濃ゆいキャラクター描写。やっぱり流石です。最終巻が楽しみ、だな!


>E.G.コンバットFinal(予定。『電撃hp』Volume10では2001年6月10日に発売予定となっているが、10年が経過した2011年6月現在でも発売の兆候はない。ちなみに作者は講演会で、上下巻バージョンと全3巻バージョンのものは最後まで書き上げ編集者に渡している。その原稿データは手元にない。現在の全4巻バージョンはネタを使い切ってしまっており、続きを書くのはちょっとしんどい。と述べている。)

……。


10・天地明察(冲方丁)
何をやるにもいちいち覚悟を決める冲方節(だと自分は決めつけている)。これも実に決まっています。ふわふわした立場であることを「春の海」という名前にも込めてしまっている主人公が己の立場を自覚し、変わりゆく時代にあって「世の価値観を定める」という壮大な仕事に従事する己がなすべきこと、己だからなせることへと向かっていく、その前向きさが心地よい。天才的な能力を持ちながらも、相応しい立場を持っていない関孝和が春海を叱咤しつつも研究成果を託すところなんて大好きです。刀が象徴としての意味しか持たなくなった太平の世だからこそ求められる、学問の意味。
だからこそ、映画版の、「反対勢力からの妨害」を「刀」を用いて描いてしまったこと、それを経た後半、宮崎あおい演じる嫁が画面に出張ってきて夫婦愛推しになったのは残念であった。基本的には、学問の楽しさをしっかり描いていて、よく出来ていたとは思うのだが。そこまでわかっていながら、どうして、


番外・屍者の帝国(伊藤計劃、円城塔)
なんだか、自分の観測範囲(ぶっちゃけtwitter)だと、みんながみんな感想を避けている気がするんだが……。
ちょっと箇条書きしてみよう。
・伊藤的なミリタリ趣味はわりと少なめ
・作者死亡の事情から来たメタフィクション構造(ネタバレ)
・予告されていたイスラエルネタ等が少なめ
・結びにクオリアを持ち出したこと(ネタバレ)
・伊藤に文体似せているけどやっぱり円城的読みにくさがある
これらは、自分としては、気に入ったとも気に入らないとも言えないところなんですよね。
歴史改変や古典引用、あるいは映像作品パロディに伴う膨大な教養と取材には頭が下がるし、特に日本編における屍者運用のアイディアの豊かさも楽しめたのですが、どうもやっぱり、自分の中でこれといった結論が出しにくい、もやっとしたものはあります。
他の人と、色々話してみたいのですがね。
うーん、結局、自分も感想を避けているのか。


番外2・機忍兵零牙(月村了衛)
凡そこの世に非ず、次元の彼方、別の世界より来たる者を忍びという。
光牙とは光の牙、絶望に抗う伝説の忍び。
人は知らぬ、何処より彼等は来たるのか。
人は問わぬ、何故に彼等は戦うのか。
訳は要らぬ、夜の淵より出で、光の牙にて闇を裂く---それが、光牙のさだめなれば。


番外3・桜~マリア様の放課後(北都凛)
強制されたレズ行為とはいえ、キスを交わし双頭ディルドで繋がりあうと、心まで一つになったような快感に襲われてしまう。


○総括
その他、いいものがいくつもあります。基本的にだいたいオススメです(適当)。
読書メーターの機能を使って、それらを以下に載せます。
短評は全部書くようにしています。

2012年の読書メーター
読んだ本の数:47冊
読んだページ数:16749ページ
ナイス:166ナイス
感想・レビュー:47件
月間平均冊数:3.9冊
月間平均ページ:1396ページ

カリブの失楽園 (角川文庫)カリブの失楽園 (角川文庫)感想
最終作。今回のマクレディの役回りはスパイマスターやスパイというより探偵。大英帝国が手放した多くの植民地の中では小さな島国を箱庭として、その国の越し方と行く末に絡んだ殺人事件の謎を追うプロットは、四作の中でも一番面白かった。シリーズとして総評すると、回顧録の形式をとってスパイ小説の美味しい素材をバリエーション豊かに無駄なく調理した中編集、ということになるのだが、「スパイの時代の終わり」にあってそれらを俯瞰している審問会のパートをもっと盛ってほしかった気もする。それをやると野暮になるのかな。
読了日:12月27日 著者:フレデリック フォーサイス
戦争の犠牲者 (角川文庫)戦争の犠牲者 (角川文庫)感想
あれやこれやの手続きを経て西側から第三世界へ傭兵のための武器を流し込む「戦争の犬たち」とは対称的に、単純な方法で第三世界から西側へテロリストのための武器を流し込むのを止める話。既にソ連は物語の表側から引き、彼らが中東に残した武器を巡って、カダフィやIRAといった面々が駆け引きをする。今回もマクレディはスパイマスターとして立ち回るが、雇うスパイは前二作よりは素人的な人物。彼に真偽入り混じった虚飾を施し策を弄する様子はまさに「騙し屋」といったところ。
読了日:12月27日 著者:フレデリック フォーサイス
売国奴の持参金 (角川文庫)売国奴の持参金 (角川文庫)感想
『騙し屋』に続く、マクレディ・シリーズ二作目。今度は亡命劇から始まる二重スパイ疑惑の話。ケンブリッジ五人組やジム・アングルトンなど、多重スパイと防諜に関する実話がプロットに相似する形で挿入され、ますます「スパイたちへの鎮魂歌」といった趣が強くなる。続きも楽しみ。
読了日:12月12日 著者:フレデリック フォーサイス
騙し屋 (角川文庫)騙し屋 (角川文庫)感想
冷戦終結に伴う人員削減と組織健全化のために職を失うベテランスパイの回顧録。第一巻の今作では、東西ドイツを舞台に、機密情報の受け渡し工作が描かれる。中編程度の尺ということもあり、プロット優先と呼ぶべきスピードで話が進む。失われゆく時代や利用される人々の哀愁といったものはさほど濃密には描かれないが、このシンプルさも、三人称視点の回顧録としての形式に寄与してるのではないか。
読了日:12月12日 著者:フレデリック フォーサイス
サバイバー (ハヤカワ文庫NV)サバイバー (ハヤカワ文庫NV)感想
文章をそして主人公を埋め尽くす発展性のないトリビアと、予め彼から奪われている発展性。「その場限り」の繰り返しで出来てしまっているのは、何も特殊な環境で生まれ育ってきた主人公だけではない。相変わらず軽快な調子で、油っこい皮肉もなく、淡々と語られる独白体が(翻訳含め)、酩酊感を醸し出しており、心地良い。湿っぽい切実さは抜きにして、ただただ刹那的な言動の集合に過ぎない人々の姿を貼り付けることにより、生の実感と孤独を浮き彫りにする手法に惚れ惚れ。で、これと前作以外は中古で五千円するのか。いい加減にしろ。
読了日:11月24日 著者:チャック パラニューク
デミアン (新潮文庫)デミアン (新潮文庫)感想
ウテナから来ました。「思春期の頃に読んでおくべきだった」とも少しは感じたが、自分には今こそがベストタイミングか。善か悪かの煩悶から、それらを同時に持つ存在の理解、己の内にある運命に対する自覚と帰依、といった道程を、適切な距離で見られる時機というのは前にもなかったし後にもそうはないだろうと思うのだ。聖邪と夢現が入り組みながらも空論に流れることなく己を見つめること。この物語では戦争というあまりに大きな変化が最後に訪れるので、軽々しく「感情移入」するのもよくないが、自分にもそうした変化が来ることは確信している。
読了日:11月11日 著者:ヘッセ
機忍兵零牙 (ハヤカワ文庫JA)機忍兵零牙 (ハヤカワ文庫JA)感想
別に「機」の字はいらないんじゃないか、と思ったのは、SF設定もそこまで詰められてるわけではないし、ゴシックと言いつつもどうしても日本の戦国時代あたりの世界観が前面に出てるから…なのだが、それはともかくとして、ボンクライズムを冒頭のポエムから全開にしているのがイイ。バトル中心であり、オチも締まってるとは言い難いが、講談本風味(と、いうのか)の文体もわりと好きである。
読了日:11月9日 著者:月村 了衛
ミラーシェード―サイバーパンク・アンソロジー (ハヤカワ文庫SF)ミラーシェード―サイバーパンク・アンソロジー (ハヤカワ文庫SF)感想
序文&「ガーンズバック連続体」のコンボの凄さは当然として、自分が好きなのは「夏至祭」と「ストーン万歳」。それぞれ、ドラッグとサイボーグ、つまり生体内部からと生体外部(機械)による一般人の生活と意識の変化を描いている。(「夏至祭」でも強調されている)アートとしての側面についてもそれぞれの作家が考えを投影していることは、例えばロックミュージックを主題としたいくつかの作品に顕著であるが、このことからも「運動としてのサイバーパンク」の姿勢が伝わる。電脳にダイブしてハックする系の類型はひとつもない。
読了日:11月6日 著者:
桜-マリア様の放課後 (美少女文庫)桜-マリア様の放課後 (美少女文庫)感想
強制されたレズ行為とはいえ、キスを交わし双頭ディルドでつながり合うと、心まで一つになったような快感に襲われてしまう、ということがわかった。
読了日:10月17日 著者:北都 凛
スマイリーと仲間たち (ハヤカワ文庫 NV (439))スマイリーと仲間たち (ハヤカワ文庫 NV (439))感想
前作で苦い結末を経て再び在野の身となったスマイリーが、ある亡命者の死の謎を探るところから始まる、探偵物語としての性格も強い、三部作最終巻。これまで機械じみた完璧さを思わせてきたカーラもあくまで人間であり、それ故崩壊した…という図式はソ連の諜報機関、そして国家そのものにも拡大できるもの。不貞の妻・アンへの複雑な愛情をカーラにつけこまれたスマイリーが、こうした手段で「勝利」を手にするまでの懊悩。ライターを介して合わせ鏡のように在る二人の姿。極限まで書き込まれ、かつ極限まで構図を単純にされたラストは感慨深い。
読了日:10月9日 著者:ジョン・ル・カレ
フルメタル・パニック!  アナザー4 (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック! アナザー4 (富士見ファンタジア文庫)感想
主人公が一線を越えるまで(要するに人殺し)の変化を慎重に描く姿勢は、第三世界の紛争を舞台にした前半だけでなく、懐かしのあの人を出して(これまた溜めてた展開)コメディやりつつ人と銃との関係について述べた後半にも表れている。リーナの彼に対する考え方や、彼女自身の過去がなかなか明かされないのでやきもきするが、それも一線を越えた後でやるんでしょう。んで、エピローグは引き作り。このシリーズの「色んなASを見せる」という主旨も忘れていないことがわかる巻末AS設定資料の充実ぶりもあり、次巻のことがわたし、気になります!
読了日:9月30日 著者:大黒 尚人
機龍警察 暗黒市場 (ミステリ・ワールド)機龍警察 暗黒市場 (ミステリ・ワールド)感想
本文中でも言及される"相似"の構図が豊富かつ丁寧に巡らされている作品は良い。今作のエッセンスの一つでもあろう某スパイ小説もラストを印象的にしていたのはそうした構図だった。"灯明"と"影"の対立には同性愛的な濃厚さが。相似が生むコントラストの中にあって曖昧な境界を各自がいかに捉えいかに生きるか。主人公ユーリの悲運ながらも愚直な生き方は勿論、事件を取り巻く警官とそれを支える者達の絆の深さなど、泣ける箇所も沢山。それでいて"手槍"とか"ジャグリング"とかロボアクション部分のボンクラ感も壮絶に素晴らしいから困る。
読了日:9月26日 著者:月村 了衛
機龍警察 自爆条項 (下) (ハヤカワ文庫JA)機龍警察 自爆条項 (下) (ハヤカワ文庫JA)感想
人の手と手によって結ばれ或いは裂かれる関係を丁寧に描いた作品は名作。二度振り払ってしまった手と、手紙と、手話と。それらが暴力の連鎖の中で戻らなくなってしまった中で見出した答えの一つとして、ラストの「手話」は象徴的であると思う。それぞれに部内でペアを作られて配置された主役らの関係性は、今回主軸となったライザ・緑だけでなくそれぞれに見せ場があり、いやがおうにも次の巻を期待させる。部内ではペアらしいペアのない沖津は今回は詩人とのチェスゲームでその力を見せたけども、まだまだ底は見えない。
読了日:9月22日 著者:月村 了衛
機龍警察 自爆条項 (上) (ハヤカワ文庫JA)機龍警察 自爆条項 (上) (ハヤカワ文庫JA)感想
めっちゃクオリティ上がった。前作で気になった構成(伏線の回収を急ぎがち)や文体(地の文少なめ、体言止め等の手法が逆にスピードを殺していた)も改善。時間を前後して語られるライザの過去編は迷いに満ちていて読み応え充分だし、彼女と緑の関係がそれぞれの父との関係を通して変わっていく様が特に素晴らしい。全体を通せばアクションの比重は少なめであるが、だからこそ捜査や回想のパートの細かさがあるのだし、優れた冒険小説ってそういうもんではなかろうか。
読了日:9月22日 著者:月村 了衛
機龍警察(ハヤカワ文庫JA)機龍警察(ハヤカワ文庫JA)感想
百合っぽい(笑)女学生らが登場即圧死するとこなど何らかの作家性的なアレを感じたのだが、「罪のない人が死ぬ様で悪役への憎悪と主役への同調を誘う」というような厭らしさは感じない。というのはあくまでプロとして動く登場人物達を、傭兵という特殊な職業である主人公の独特な思考を軸にして描いてるからだろう。ベタなやりとり多めだし、文体も体言止め等の手法がまだこなれてないが、まだ序章なのだろうし、評価も高いようなので(題名の異様さも気になるw)続編に手を付けるか。ペアを作られて配置された人物らの関係性も気になる。
読了日:9月18日 著者:月村 了衛
スクールボーイ閣下〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)スクールボーイ閣下〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)感想
そんなわけで上巻と裏腹、手繰るページがなかなか止まらなかった下巻。ウェスタビーの東南アジア行はドンパチなど入れずとも背景と心理を書き込めば上質なスリルが染み出てくることを教えてくれるし、それぞれの人物がかかえる空虚は濃密に語られるし(矛盾した表現だが)、時折差し挟まれる「後にこの事件を検証した結果」としての視点が示す不穏さも巧妙だし、苦い結末の読後感は素晴らしいのである。何よりいいのは、自嘲的な皮肉の味わいだろうか。俺くらい図体がでかくなると、何をするにも理由がいるのさ。
読了日:9月17日 著者:ジョン ル・カレ
スクールボーイ閣下〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)スクールボーイ閣下〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)感想
だらだらと四十日くらいかけて読んでたような気がする上巻。対して、下巻は四日で読めた。そんなわけで、前作の事件の後始末から下巻の行動の布石へと繋ぐ上巻は地味で、退屈する箇所も多かった。しかしスマイリー率いる五人組は魅力的であるし、実質的主人公であるウェスタビーや敵役であるドレイクを象る人物模様の書き込みも贅沢な"溜め"になってるのである。
読了日:9月17日 著者:ジョン ル・カレ
屍者の帝国屍者の帝国感想
第二部まではDEよろしく外挿法礼賛。屍者技術(あえて屍術、ネクロマンシーと呼ばないところに"技術"への確固たる態度が見える)を得た十九世紀世界のアイディアを様々に見せてくれる。しかし第三部は主軸に追跡されてきた大ネタを明かす思索パート。会話形式ながらも論理展開を追うのが正直大変で、伊藤が長編二作で見せてきたビジョンを正確に投影しながらも明確にはその先の答えを示さずに終わるので消化不良感も。しかしエピローグでは、答えに留まらず、物語そのものの成り立ちと役割をそれを生起させる人間らの関係として示してくれた。
読了日:9月11日 著者:伊藤 計劃,円城 塔
フランケンシュタイン (創元推理文庫 (532‐1))フランケンシュタイン (創元推理文庫 (532‐1))感想
屍者の帝国の予習がてら。後の様々な作品に受け継がれる要素の数々が見えるのも楽しいのだが、ヴィクター・怪物・ウォルトンそれぞれの話者が抱える孤独を吐露し悔恨と希望を繰り返す独白も細やかで面白かった。意外なほどに(特に怪物…こんなんだったのか)繊細で、あれこれと修辞を効かせて苦悩する彼らの独白は、正直に言ってかなり身勝手で閉じていたりするのだが、そうした構造こそが、これを悲劇的な神話の似姿たらしめているとも思う。
読了日:8月26日 著者:メアリ・シェリー
E.G.コンバット〈3rd〉 (電撃文庫)E.G.コンバット〈3rd〉 (電撃文庫)感想
カデナの章。いよいよ地球へ降り立つ。それまでにもいろいろと詰める事柄は多く、それからにも謎は色濃く立ち込めるる。メカ、サイバーはもちろん、キャラの描写も(主にルノアの逡巡とカデナの決意によって)実に読み応えのあるものになっていた。最終巻は2001年6月10日に出るそうだ。楽しみ、だな!EGFマダー?
読了日:8月23日 著者:秋山 瑞人
E.G.コンバット (2nd) (電撃文庫 (0307))E.G.コンバット (2nd) (電撃文庫 (0307))感想
今度は「バカでかい穴の中を落ちてるだけ」でここまで濃く、熱くできるというもの。試験対策編では教官と部隊の関係が切っても切れないとこまで来てることのみならず、上層部の思惑の絡み合いまで見せてくれており、並の作品ならばあの「珍回答」を延々とネタにしそうなところを、巧妙に構成している。落下の章の尋問パートも好きだ。現場と司令との対立ってのはこうした題材だと外せないところだが、これまた良い。一番気に入ったのは、ルノアが一枚の写真を置き去りにするところの心理だろうか。
読了日:8月23日 著者:秋山 瑞人
E.G.コンバット (電撃文庫 あ 8-1)E.G.コンバット (電撃文庫 あ 8-1)感想
「マニュアル操作で巨大ロボを動かすただそれだけ」で劣等生を成長させる教官の凄さは、そのまま「ただそれだけ」でこうも面白くする作者の手腕の凄さ、でもある。美少女だらけの軍隊もの、ではあるけれどもやけに荒々しく、(やや無理してる感のある)萌え要素よりも、メカやサイバーの描写の軽妙さに惚れる。英雄の苦悩、劣等生の意地といった部分でも縦横に切り込んでくる。文体的には、他の作品以上に黒丸文体の影響が色濃く見える。また、擬音語の多用や文字サイズの変更など、ラノベらしいあれこれも見えて、それらの融合を成す途上か。
読了日:8月23日 著者:秋山 瑞人
天地明察(下) (角川文庫)天地明察(下) (角川文庫)感想
挫折と出会いと別れ。切なくも力強く、「天地明察」へと迫っていく主人公。高校の日本史ではさらりと記述されているだけの彼の業績が、いかにさまざまな人々の想いに後押しされて、いかに大きなものを築きだしたのであるか。関孝和との対話からも明らかなように、ときには権威をも「人の縁」として利用しなければ天と地を明察するには至れない、そうして背負っていかねばならない、という重くそびえる構造が、しかし爽やかに書かれている。細かい数学的事項はわりと絞り、そういった人間と学問と世界のあり方に注力してくれてると思う。
読了日:7月14日 著者:冲方 丁
天地明察(上) (角川文庫)天地明察(上) (角川文庫)感想
なんせ題材が心憎い。泰平の世であることを人々の心のなかに落ち着かせるための基礎として改暦を位置づけ、己が何者であるかをいまだ知らずに彷徨う妙な立場の主人公の成長を活写し、今にも通じる「学問」の意味を教えてくれる。そういった構図の丁寧さはマルドゥックなどとも共通したものがある。
読了日:7月14日 著者:冲方 丁
中東戦争全史 (学研M文庫)中東戦争全史 (学研M文庫)感想
タイトル的には戦史中心の本に見えるし、当然ながらそういう部分も詳しいのだが、イスラエルという特殊な国家の成立から21世紀までの流れをわかりやすくかつ中立的に解説してくれている、守備範囲の広い一冊。個人的には、中東戦争が第四次まで終わった後の、イスラエル国内の与野党の争いによる和平交渉の停滞に関する記述が、この問題の複雑さのごく一端を、そしてごく一端であるゆえに簡単には片付かないさまを表しているようで、興味深かった。
読了日:7月8日 著者:山崎 雅弘
ジェノサイドジェノサイド感想
日本人大学生とアメリカ人傭兵を軸として絡み合うプロットには緊張感があり、SFとしても超人類の知性を「葉を落とす」だけで表現するくだりなどは鮮やかだと思う。しかし、かなりの頻度で「文系は理系より儲かる」とか「戦争の目的は石油」とか単純化されすぎた話を大の大人が語りだす。「あくまでエンタメだから」という例の文言で納得できればいいのだろうが、(単純に娯楽を指向して書かれたのではないだろう)歴史や思想的な部分にも同様の態度で踏み入っているため、そうも片づけられないという次第。
読了日:7月3日 著者:高野 和明
ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)感想
そこそここの辺の時代背景の知識はあるつもりだったがそれでも平気で時間を前後して真相を探るこの作品には普通に手こずってしまった。無論そんな構成と語り口こそが、「スパイの時代」の陰りを緻密に、そして哀愁深く映し出していっている。主人公の造形からしていわゆる「かっこいいスパイ」では全然ないわけだが、やはりかっこよさってのは人物らの深謀遠慮であるとか、ジャーゴン(現実にも使われるようになった「ハニートラップ」などの造語)であるとかに宿るのだ。しっかし『寒い国』に引き続き、またラストシーンにはやられちまったぜ。
読了日:6月17日 著者:ジョン ル・カレ
猛き箱舟(下) (集英社文庫)猛き箱舟(下) (集英社文庫)感想
とにかくいっぱい死ぬ。追うものと追われるものの、搾取するものされるものの争いは、視点の切り替わりを以て、生けるものと死せるものとの関係へと純化されていく。痛快と言い切るにはあまりに痛々しく、そしてその痛みすら常人の理解できるものではなくなっていく、要するに「あっち側」へ行った主人公の凄まじさ。ストレートながらも密度の薄さを感じさせない文体で、最後まで引っ張ってくれた。
読了日:6月17日 著者:船戸 与一
猛き箱舟(上) (集英社文庫)猛き箱舟(上) (集英社文庫)感想
ブラックラグーンから来ました。「ハードボイルド系クズ」という謎のワードが頭をちらつくけど(笑)、面白い。プロローグで引き込まれ、少数の利益が多数を害する世界をまたにかけるその後の展開にもするすると。
読了日:6月17日 著者:船戸 与一
すばらしい新世界 (講談社文庫 は 20-1)すばらしい新世界 (講談社文庫 は 20-1)感想
裏側である恐怖統制の様子をありありと描いていた1984とは対照的に、こちらはある意味表側しか存在しない世界、とでも言うべきか。徹底した階級化による途方もない平坦化、という字面の矛盾。完成しきった社会とその構成員が享受するあまりの「自明さ」によって反逆者が沈んで行ってしまうさまは、現代においても古さを感じない。好きなとこベスト3は第三章の短い場面と教条とがかわるがわる書かれているところ、第一七章の野蛮人と総統との幸福と真理の二択を巡るやりとり、そして最後の一文。
読了日:4月26日 著者:ハックスリー
卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ文庫NV)卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ文庫NV)感想
「ナイフの使い手だった私の祖父は十八歳になるまえにドイツ人をふたり殺している。その話を誰かから聞いたという記憶はない。もともと知っていたような気がする。そんな話だ」…一文目から惹きつけてくれる、レニングラード包囲戦を舞台にしたデコボココンビの珍道中。きっと何かが少し違ったらこうはならなかった…そんな感覚が、明るくも暗くも瞬く。残酷と皮肉に塗れながらも、底のない絶望にも安易な楽観にも陥らない、そんな灰色の上を歩いていく感じが好き。ところで今日の夕飯は賞味期限の切れかけの卵を必要以上に使ったオムライスだった。
読了日:4月22日 著者:デイヴィッド ベニオフ
フルメタル・パニック! アナザー3 (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック! アナザー3 (富士見ファンタジア文庫)感想
短編集(というかサービス方面ではふもっふと言った方が正確か)っぽい巻。王子様のキャラが楽しい。リーナが達也にもにょってる心理について「いきなり入ってきて実力をあげたことへの嫉妬」方面から切り込んでるけど、「暴力の世界に巻き込みたくない」的な方面から切り込むのはもうちょっと先、シリアスな展開になってからか。ともあれもうちょっとでいいから重くして欲しい。
読了日:4月22日 著者:大黒 尚人
文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)感想
やや羊頭狗肉の感あり。というのも、タイトルは問題提起の火口である「たまたま西洋人が持つに至った強力な力」を象徴しているに過ぎず、上巻で立てた「食糧生産がいかに人類史に影響を齎したか」に関するいくつかの仮説にひたすら世界中の実例をあてはめていく構成だからだ。そのため後半はかなり冗長に感じるし、下手をすれば「エピローグさえ読めばおk」と感じる(EPに出てくる中国に関する話、これがまた面白いのだ)。通貨の発明について触れてないのは意図がわからなくもないが、日本語における漢字文化の受容に対する見解には得心せず。
読了日:4月6日 著者:ジャレド・ダイアモンド
鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)感想
実際にコトを起こしこれまで積み上げてきた準備の綿密さと綻びが一気にはじけて行く後半の200頁ほどは一気に。(歴史から考えて最初から見えている)失敗へと転がる様子がキモであるこのタイプの冒険小説らしく、その描写と構図は、全体に見える虚しさをも写し取ってもいる。人物は今ではテンプレ的になってしまってる部分も多いが、やはりプロであるシュタイナらは格好良いし、デヴリンの皮肉癖も小気味良い(行動は色々と軽率ではあるが)。コマンドーの起源はボーア戦争、という点でグレイの人物配置も興味深い。ところで続編って何するの。
読了日:3月30日 著者:ジャック ヒギンズ
The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)感想
相変わらず一冊に纏めるには無理があるんじゃないか(何せ9つのうち4つが未完成だ)とも思うけれど、この白と黒の間の装丁に象徴されているような他作品の萌芽、またはそれらに属さないものたちの輝きを見るのは楽しい。自分は割とATDの行く先が気になったのだ。内省的な主人公による一人称視点が基本の伊藤作品には珍しい虚無そのもの…装置性の極まった存在である彼をどう描くのか(技術者はジョン・ポールに通じるが)。フォックスの葬送とOHMSPがあるんだからS3を、というか同人纏めを、と望むのは行きすぎか。円城屍者帝国に期待。
読了日:3月17日 著者:伊藤 計劃
とらドラ〈3!〉 (電撃文庫)とらドラ〈3!〉 (電撃文庫)感想
おっぱい。わりとニヤニヤできるけれど、大河のヘソ曲がりと亜美の容姿強調のエンドレスアレにはやや食傷気味で、櫛枝嬢の(シリーズ後半のシリアスに繋がる)内面を読み取る作業もちょいと情報不足である。北村君も。水泳対決の何でもあり感は好きです。
読了日:3月17日 著者:竹宮 ゆゆこ
とらドラ〈2!〉 (電撃文庫)とらドラ〈2!〉 (電撃文庫)感想
亜美に関して、繰り返される容姿の描写を覆い返すほどには性格の悪さ(というよりリアルっぽさ、なのか)が強く真に迫っているとは思えなかったりする。というのも、他のキャラと併せてフィクションライン考えた上で受け入れる作業が、自分には結構難しいのだ。その不揃いさは独特の味があるのだが。アニメ版では後半の実乃莉のシリアスパートがしっくりこなかったのだが、そこも流れで注目して行こうかと思う。
読了日:3月17日 著者:竹宮 ゆゆこ
とらドラ!1 (電撃文庫)とらドラ!1 (電撃文庫)感想
アニメを見てから随分たっているけど、何となく手を出してみようかと。大河の暴力女ぶりに関して、けっこう印象が異なる。そういえばアニメ版で思考回路がよくわからなかったのはヒロイン連中より何より北村君だったな、と思いだし、そこらに注目して追ってみようかな、とも。
読了日:3月17日 著者:竹宮 ゆゆこ
龍盤七朝 DRAGONBUSTER〈01〉 (電撃文庫)龍盤七朝 DRAGONBUSTER〈01〉 (電撃文庫)感想
2巻のための再読。読了後になってしまったが。三年もたてば色々忘れちまってるもので、細部のみならず、一指力剛や六牙の鈴の寓話の詳細すらアレしていたり。しかし龍の舞いの凄まじさや、主人公が孤独を知る場面の冴えなど、やっぱり素晴らしい。
読了日:3月17日 著者:秋山 瑞人
文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)感想
とりあえず上巻は農耕牧畜の成立事情がメイン、導入として挟まれるピサロのインカ侵略の例を除いてはタイトルから想像されるような血生臭い話はあまりなし。農業が余剰作物を生み、それが文化や技術、そして経済や身分の格差を…というのは小学校で習う話だが、そこのところをもっと詳しく、噛んで含めるように、明快な仮説を交えて説明。しばしばレイシズムに陥る人種の能力差に目を付けた論ではなく環境の差に目をつけた論。要は「初期配置の重要さは異常」って話。栽培に適した動植物の選抜の話が面白い。バイオレンスを増すだろう下巻にも期待。
読了日:2月19日 著者:ジャレド・ダイアモンド
ブロークバック・マウンテン (集英社文庫(海外))ブロークバック・マウンテン (集英社文庫(海外))感想
山があり、落ち込むけど、意味もあり。字も大きく頁も少ない、短編ボリューム。映画と最も違うとこは割と獣のようにヤリまくってる(描写は薄いが)とこ…ではなく、ラストになってジャックの原体験が明かされ、また、ブロークバックマウンテンでの最後の日のことが象徴的に回想されるとこか。特に前者は、映画でも明かされたイニスの原体験(父からゲイの虐殺死体を見せられる)と対になり、また時代独特の虐待的宗教文化の問題も孕んでいるので、同性愛よりは友情・思い出側に軸足が置かれた映画版との違いとしても大きい。解説が的確で詳細。
読了日:2月10日 著者:E・アニー・プルー
殺す (創元SF文庫)殺す (創元SF文庫)感想
今まで読んだバラード作品と比べると、微に穿って終末の比喩を盛り込むような執拗な光景描写を避けた筆致であり、報告書的な体裁をある程度保っている(なので読みやすい)。しかしその視線の動きの精緻さはそのままであり(特に殺戮の場面)、ミステリーとしての体裁をちらつかせながらやはり綺麗に解決させるわけではなく、むしろ「警告」の書としては無駄がない。優しさの飽和が招く終末、という主題は「ハーモニー」などにも受け継がれたところか。あとこの邦題は先進国の“理由なき”少年犯罪の象徴としては意外とストレートにピッタリなのかも
読了日:2月8日 著者:J・G・バラード
言壺 (ハヤカワ文庫JA)言壺 (ハヤカワ文庫JA)感想
初神林長平だったりする。「栽培文」のヴィジョンの美しさや、「戯文」の空恐ろしさが特に好み。ワーカムという記述支援機械によって「己の言葉」の境界線があいまいになっていく様はまさに今の我々が晒されている事態そのもの。何より全体を通して、人間の世界(これを「現実」とか「虚構」とかきっぱり言い換えちゃいかんのだろう)を構成する最小単位としての言葉とは何かに対する考察に飲み込まれる。
読了日:2月8日 著者:神林長平
パニッシュメント (ガガガ文庫)パニッシュメント (ガガガ文庫)感想
デウスエクス何とかを皮肉的にさらりと使ってしまう作品はいい。傍から見たらどうしようもないとしか言い様のないけれどしかしある意味では安定した位置に据わってしまうという終わり方は小気味がいい。拠り所としての宗教に対する考え方は善意というもっと大きいところにも適用され、他作品と比べれば根っからの破綻者には見えない主人公がしかしやはり最初から「違って」いたのだとわかる終盤へ向け冴えを増す。
読了日:2月2日 著者:江波 光則
ストレンジボイス (ガガガ文庫)ストレンジボイス (ガガガ文庫)感想
加虐者、被虐者、そして傍観者という役割において、対人関係としての行為でなく行為そのものへの強迫観念のためにそれぞれ極みに立ったような三人が回し車の中のそれぞれの位置にどうしようもない形で治まるまで。もう少しで、というバッティングセンターの場面に覚える寂寥感とかたまらない。
読了日:2月2日 著者:江波 光則
ペイルライダー (ガガガ文庫)ペイルライダー (ガガガ文庫)感想
この主人公のやり方生き方はかつて自分がやりたかったことであるし、考え方については現在進行形ですらあるが、そのような考え方を持ってしまう時点で自分には到達できないのだ。イーストウッド西部劇の「外からやってきて引っ掻き回して一応解決して去っていく」という図をこの形式で、主人公の行動原理を否応なく見せ付ける形で使ってしまうあたりにも感心
読了日:2月2日 著者:江波 光則
龍盤七朝 DRAGONBUSTER 〈02〉 (電撃文庫)龍盤七朝 DRAGONBUSTER 〈02〉 (電撃文庫)感想
「勁」が物理学でいうところの「運動量」である、という前提を弓の弦のようにして決して切ることはなく張り詰めさせ、矢継ぎ早に飛ぶ剣劇描写。兵隊やくざに大男に快楽殺人者に、とテンプレを崩さず、しかし相変わらずの匂い立つ文体で読ませる手腕。龍虎相討の構図を逆転させるのか、次で卯王朝御前試合は締まるのか、というのは未だ揺れて気になるところ。
読了日:2月2日 著者:秋山 瑞人

2012年に読んだ本まとめ
読書メーター



○おわりに
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今年から新しい生活が始まり、新しい友達も出来てはいるんですが、冒頭で書いたように、本の話題を交わすことはあまりないもので、一応文芸系サークルに入っていた者としては、ちょっと寂しいこの頃です。
しかし、何かの間違いで入ってしまった体育会系サークルは抜けてしまったし(なんだかんだで金取られちゃったが)、時間は十分にあるので、うまいこと生かしていきたいものですね。
それではまた。


http://book.akahoshitakuya.com/u/35041/matome_y

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(evangelion:3.0 YOU CAN (NOT) REDO.)

(ネタバレ有)
「序」は旧作の再構成としての性格が強い映画でした。「破」はそのタイトル通り、大きな変革はあれども、やはり大筋は旧作と共通しており、細部の比較は普通に可能な映画でした。自分も「破」についてはこのブログで、そうした視点で感想を書いていました。
 
 しかし、「Q」はのっけからそんなスタイルでの鑑賞を拒むつくり。何せ、浦島太郎。自分の状況がまったく把握できなくなってしまったシンジ君同様、何が起こったのかわからない、ある程度わかって自ら進もうとしてもやっぱりどういう反応をすべきなのかわからない、そんなかんじで最後まで見ることになりました。

 まさに「Q」。巨大なクエスチョンをポンと投げられたわけです。「よくわからないアニメ」と言われながらも、さすがに十数年の歳月と何万もの視聴者が殆どの謎は解き明かし、ファンならばそういった「予備知識」を持った状態で新劇場版に余裕をもって対峙できた。また、新劇場版そのものも、旧作よりはエンターテイメント路線を優先しており、新要素を含めても「よくわからない」とこは随分少なくなっていた。

 そんな中で「Q」は、再び「よくわからない」ものとして我々の前に姿を現しました。
 
 自分の「初エヴァ」は漫画版でした。漫画版のシンジはアニメ版とはちょっと異なり、「前歯全部折ってやる!」なんて熱いところもあります。そんな漫画シンジへの思い入れもあって、「破」ラスト、シンジ君がいわゆる「シンジさん」状態に……つまり自らの意志で綾波を救おうと神域へ達するクライマックスにはいやがおうにも興奮しました。旧劇場版で、自ら何をなすことも出来ず神域へ拘引されていったシンジ君とは対照的でしたから。「行きなさいシンジくん!」と叫ぶミサトとシンクロしていたといってもいいでしょう。

 しかし、自分はミサトとはシンクロ出来ていなかった。いや、あの時点では出来ていたのかもしれないけど、そのままの状態で変わることなく、その後の事を考えることもなく、ただ時間を過ごしていた……と言った方が正しいでしょう。まったく無邪気だった。シンジを応援する他者の視点に立っていたつもりで、実際のところ、まったくシンジのままだったというわけです。
 
 もっとも、この「俺がシンジだ」という考えは思い上がったものです。己の姿は「インフィニティのなりそこね」にこそ映っています。あくまで旧作を思わせるアニメ表現のままに「残骸」を描いていたがゆえに、旧劇場版の例の実写パート以上のいたたまれなさをもって迫りました。
 
 さて、自分語りが長くなった気がしますから、中心をあくまでシンジに戻そうかと思います。なんせ、今作はシンジ君の話です。三人目的な何かになってしまい命令に淡々と従うのみの綾波レイ、幼いエリート意識が強いプロ意識へと変わった式波アスカ・ラングレー、相変わらず掴みどころのない真希波マリ・イラストリアス。彼女らはそれぞれに戦闘要員として物語上に配置されており、思春期の少女としての不安定な葛藤や魅力がどうこうといった、ヒロイン論争の余地はほぼ残されていません。みんなシンジを置いていっちゃいました。今作はシンジ君の話なのです。
 
 シンジ君とカヲル君の話、といってもいいのかもしれません。実際、少女らが後ろに引いたせいもあって、シンジとカヲルの同性愛っぽい描写は、この作品唯一のコミュニケーションパートとして輝いているかんじすらあります。まさに「アダムとアダム」、テレビ版以上に濃厚なものでした。

 しかし、彼らの関係性もやはり今までと異なっております。パンフレットで声優さんが述べられているとおり、「対等」の関係が強調されていると思います。旧作でのカヲルは、絶望しかけたシンジに手を差し伸べてあっちの世界に連れてってくれる存在でした。漫画版では、常人には理解しがたい異質さと残酷さが強調される存在でした。どちらもそれぞれに神あるいは天使の性質が感じられ、その超然としたキャラクターや避けようのない結末もあって、「対等」ではありませんでした。今作の場合、ピアノの連弾やエヴァのデュオ操縦に彼らの対等性は象徴されていますし、カヲルもシンジを真実へ導くというよりはただ見せるという立ち位置ですし、相応に己の状況に狼狽するところもありますし、旧作や漫画版のような断絶はないように見えます。しかし、カヲルとの関係性も、シンジが彼を置いていき己の目的意識を満たそうとすることで、またも断たれることになりました。

 そんなわけで、キャラ論争に入れ込む余地が無くなっちゃいました。少なくとも、キャラ萌え論争へは逃げ込めなくなりました(自分はよく逃げ込みます)。どうしても、シンジという主人公に、彼が立たされた場所に、向き合わねばならなくなったのです。この「真剣に向き合え」というメッセージは旧劇のような「反則技」を用いることもなく投げかけられてきたから、「反則技を非難」することで何とか狙いをそらすこともできません。

 シンジのみが昔のまま。そのことは、キャラ作画にも表れていると思います。「輪郭が歪んでいる」「影が少ない」「フリクリかよ」など、公開前には色々言われた、今回のキャラの表情作画。自分も公開前までは「大丈夫なのか?」と思っていましたが、実際に見てみると、「なるほど、そういうことか」と。要するに、シンジのみが「破」のままなんですね。話的には先述したとおりだけど、絵的にもそう処理されているのです。
 
 例えば、アスカの表情変化。非常に激しく、手放しに可愛いと呼べるものではないでしょう。しかし、戦闘中のそれも、旧劇のように「形相」とでも呼ぶべきものではありません(※777時を除いては)。目に、眉に、口に、顎に、頬に、あらゆる顔の部位に反動がついたように、躍動的に表情が変化するキャラデザとなっています。マリも猫っぽさが増し、口をωにしてにやけている表情など、「破」とはかなり異なっています。ミサトやリツコも年齢と立場相応に骨ばり、鋭さが増し、しかし感情をあらわにする場面では、輪郭をかなり崩して表情が動きます。「フリクリっぽい」とかという形容は確かに正しいのでしょうが、「序」が旧作の不安定な作画を再利用的に引き継ぎ、「破」がキャラデザ面で安定した作画を最後まで貫いたことを考えると、「Q」の方向性については、最近の「表情豊か」と言われる、二次元イラストから豪快に崩しつつもそれが受け入れられているテレビアニメのいくつかに対する回答なのかな、とも思いました。
 
 対して、シンジはあまり「破」と見た目が変わりません。感情を高ぶらせ表情を大きく動かす場面もありますが、とはいえ他のキャラのようにイメージが崩れる(崩す)ほどではありません。シンジに近しいカヲルやレイ、シンジより表情変化に乏しい二人でさえ、イメージの異なるカットは彼よりずっと多くなっています。
 
 今回の独特な作画を全肯定するわけではありません。実際、いくつかの場面では、「イメージを崩す」作画の必要性が感じられず、違和感の方が先だった箇所もありました。しかし、大体の場合、そんな違和感が、安定した作画のシンジが持つ「安定したままでいたが故の不安」にシンクロして、結果として絶妙な効果をもたらしていたと思うのです。

 そんな中で、わりと素直に「可愛い」と言えたのが、新キャラ(一応「破」で出てるけど)の鈴原サクラです。リスっぽいというか、兄の持っていた愛嬌を受け継いでいるかんじもあり、シンジへの態度も比較的柔らかいので、個人的には今後が気になります。それは別に可愛いからってだけでは勿論なく、彼女の立ち位置も際どいものだから。何せ、シンジの戦いに巻き込まれた、顔無き被害者の第一号ですからね。昔は三号機のコアにされちゃった説もあった彼女。「序」で戦闘の付随的被害を受けながら、「破」で幸せな日常を取り戻し、しかし全てを失い、シンジに対しては兄との友情を感謝しながらも、やはり「エヴァにだけは乗らんで下さいよ」と戒めざるをえなくなっている。次回作では、シンジの贖罪の象徴ともなりえるでしょう。
 
 何もしなかった結果の絶望を描いた旧に対して、Qは何かをなした結果の絶望を描いている、と言えます。「この惨状の原因はお前だ」と現実を突きつけられるけれども、人々は責任や贖罪を求めてくるわけではない。「もう何もするな」と、否定のみを下す。そんな人々から逃れて過去へと還り、新しい友誼をえて、また何かを為そうとしても、やはり父の掌の上で残酷な結果へと至る。命令に従って事を為すしかないnerv(神経)に対して己に従って行動を為すwille(意志)、という形は、それぞれが扱うエヴァにすら現れており、AKIRAめいた13号機がああして利用されるだけの存在で、Mark.9も搭乗者の意図とは関係なくただ本能に従って動くことになる。しかし、そこから這い出たシンジとレイをアスカが導く、というラストにはやはり旧劇と対照的な希望の形が見えます。
 
 浦島太郎状態のシンジは、エヴァに乗ろうとする意志は捨てていませんでしたし、「これまでに起きたこと」と向き合わされ、その意志が揺らいでも、新しく得た信頼関係に拠って立ちあがろうとします。しかし、その結果があれ。この裏目裏目ぶり、見ていて心が痛くなってきました。14年という期間は人が変わるのには十分すぎ、しかし12000年っていうわけではないから殆どの近しい人は生きているから逆に辛い。世界もあまりに変化してしまい、その間を十分に知ることも出来ない。これまでの経緯(旧作含め)をあまりに知っているがゆえに「14年の間に何があったのか」を想像させられ、しかしわからないところも多いので不安なまま、激しい映像美に飲まれる。「主人公と観客を突き放す、しかし引き込む」、その力加減が、エヴァでもなければできないことだな……と感じたのでした。
 
 これまでの経緯(旧作)を観客が知っている、ということを利用した場面としては、冬月による告知のとこが挙げられるでしょうか。物語の大きな謎として、物語を導く一つの意志として、存在感を示し続けてきた碇ユイというキャラクターですが、今回はシンジがあれこれ悩む余裕もないうちに、畳み掛けられるようにその過去が語られました。今回はユイはゲンドウ(と冬月)の執着の対象として配置されており、シンジにはそれほど影響を及ぼす余裕もないまま終わるのでは、とすら思いますね。エヴァの暴走(=ユイの母性の発露?)だって序の最初だけだし。世界を犠牲にすることの結果を考えず熱狂のままにレイを蘇らせようとしたシンジ、犠牲をあくまで結果でなく過程として冷徹に理解しユイを蘇らせようとするゲンドウ、子供と大人の対比が際立っています。「目的優先、人命軽視」がモットーになってしまったミサトもでしょうか。


 これまでの経緯(破と急の間)を観客は知らない、ということを利用した演出はいくらでもある、というか全編にわたってそんな調子ですから、ここではあえて本編の外を挙げてしましょう。そう、上映前に流れる「巨神兵東京に現る」です。特撮博物館で先行公開された際の反応を見ると「面白かったけど、『庵野さんこれやりたかったんだろーなー』感が先立つ」というものが多く、また、今回僕が劇場で見たときも、そんな印象ではありました。しかし、Q本編が始まって、中盤になり、カヲルに「14年間」の残骸としての下界を見せられる場面で、カチッとはまるんですよね。滅びた街と、巨人の残骸。これって、火の七日間じゃねーか、と。勿論そのものではないから、「観客に想像させる」という形を崩すことなく、あくまで「14年間」のイメージとして、フラッシュバックが起こったのでした。これまた、旧作の実写パート挿入という「反則技」を避けつつ反則技以上の効果をもたらす演出だったのではないかと思います。
 
 そんなわけで、「旧作との細部の比較を拒むつくり」などと最初に書きながら、なんだかんだで細部の比較をしてしまいました。やっぱり逃れられないのです。エヴァの呪縛ってやつでしょうかね。
 
 ラストまで一応語ってしまったので、あとは論旨からはみでてしまったあれこれを項目ごとにいくつか書いて終わることとします。

・モノリスisモノリス?
ゼーレの老人たち、新劇場版ではキール議長すら顔を出さず退場することになりました(バイザーだけがゲンドウに受け継がれたw)。こうなると彼ら、人間としての実体があったかどうかすら怪しいですよね。ゲンドウの「あなた方は我々に文明を授けてくれた」というセリフを考えるに、本当にモノリス(2001年のアレ)そのものだったのではないか。某QBがモノリスを擬獣化したものだったことは記憶に新しいですが、彼らも、宇宙からやってきて人類に知恵を授け監視する存在だったんじゃないか、とすら。まぁ、それだと、冬月が電源(?)を切っているとこが引っかかることになりますし、恐らくは脳髄だけがどっかにぷかぷか浮いてる、というようなアレなんでしょうが(モノリス消えるときに脳髄が映るし)。

・加持さんどこいった
「破」ラストの予告には、銃をこっち側に突きつけてる加持さん映ってたけど、どこいったんだろうな……。現在のミサトや高雄(大塚明夫ボイスの人)の言からは、ひっそり死んでしまってる感があるが……。「破」ではアスカとの絡みも無くなり、ミサト語りとホモネタとスイカ話担当のイケメンでしたが、もう出てくることはないのか……?まぁ、ネルフ接収編をぶっ飛ばした影響であろう予告との齟齬は他にもありますが。
 もっとも、「破」ラストの予告は「Q+?」の予告でしたから、「?」(シン・ヱヴァンゲリヲン劇場版:||)でそれらが描かれる可能性もあります。でも、この調子で物語が進められると、そんな過去を振り返ってる余裕なんて無さそうだよな……。
 ところで、今回のミサトって自分の父の意志を姿とともに本当に引き継いだかんじがあってかっこいいよね。加持の遺志も引き継いでしまったのか……?

・綾波の着替えシーン
相変わらずいいケツしてる……のだが、どう考えても浮いていますよね。「破」は10分に一回は給水所のようにEROが設けられている親切設計でしたが、「Q」でも少しはそれを引き継がなきゃならなかったのか……。どう見ても着替えしているシルエットなのに気づかずに突入するシンちゃんは流石の主人公体質でしたが、笑えるやら笑えないやらで困ってしまったぞ。まぁ、カヲル君のホモ言動のあれこれでは存分に笑ったが。

・Mark.9
後頭部から体積を無視して何かが生えてくるの、フリクリで見たわ(去年やっと見た)。

・ネルフの○ンコ君
スピーカーとの位置がそんなによくなくてな、音割れもしてるくらいでな、そう聞こえたんだよ。仕方がないだろ。

 さて、こんなところで、今回は終わりということで。
人も世界も変わっていくものですが(※1)、変わらないこともある(※2)。
繰り返すことはできても、やりなおすことはできない。
放浪の果てがいかなるものになるか、本当に楽しみです。

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2011年読書記録、あとベストテン

○序文
毎度のことですがお久しぶりです。
Twitterの呟き数はアホみたいに増えたものの、こちらはちっとも更新しておりませんでした。10か月もの間、ブログトップはエロゲのエロシーンの話。これはひどい。


○説明
読書メーターの機能を利用して、去年(2011年)に読んだ本を晒します。一月中にやろうと思ってゆるゆると書いていたんですが、何だかんだで月をまたいでしまいましたね。すいませんつい。


○内訳
読んだ本の内訳です。
・海外小説…22冊
・国内小説…16冊
・実録…11冊
・評論…2冊
わりと軍事系の実録物を多く読みました。ベストにも選んだ『CIA秘録』の物量は圧巻ですが、例の映画の原作でありもとは新聞記事らしい仕立て直しが巧い『ブラック・ホーク・ダウン』、『ブラヴォー・ツー・ゼロ』の作者が「それまで」の半生を詳細に綴った『SAS戦闘員』も良いものでした。「イラク以前」であるという泣き所はあるものの、民間軍事会社の成立を多方面から分析した『戦争請負会社』も忘れちゃならねぇ。
海外小説について言えば、SFはさほど多くないですね。初夏に読んだ『華氏451』がイマイチ合わなかった(しかしこの解説は本当にバカだと思う)のもあり、年末の『ディファレンス・エンジン』まで随分と空いてしまいました。ささやかなものですが、ラテンアメリカ方面を開拓できたのは良かったと思います。


○選抜
ベスト10とそれぞれの寸評を。

・ディファレンス・エンジン(ウィリアム・ギブスン、ブルース・スターリング)
ンだよコレ、大傑作じゃねぇかおい。お前らが読みにくい読みにくい言うから、随分遠回りしちゃったじゃねぇの。
いや素晴らしい。某プロジェクトの大将がオールタイムベストに推していたスチームパンク(の皮を被ったサイバーパンク)。蒸気コンピュータの開発から派生した様々な技術の象徴として、恐竜研究を持ってくるあたりでもうやられる。滅びた巨獣がどのように大地に覇権を敷き、そして滅び去ったのか。現実よりずっと早く恐竜の正しい生態を解明できても、その末路を斉一説的では無く激変説的に捉えてしまう…という「合理的な歪さ」に、このシミュレーション小説の縮図が込められている。これは確かに、懐古趣味を前提に書かれたのではなく、あくまで実際の歴史の裏に通ったテクノロジーの変遷を考察した小説なのだ。
あ、読みにくさについてはスキズマトリックスに比べれば全然でした。むしろ読みやすいくらい。あたしもう、黒丸訳は普通に馴染むカラダになっちゃってる…。

・夜の果てへの旅(セリーヌ)
第一次大戦の戦場の理不尽、それが銃後にもたらした混沌、帝国主義がしみこむ未開のアフリカ、矛盾を含んだ資本主義の最前線であるアメリカ、と20世紀前半の世界を流転した末、住み着くのはまた故郷フランスの貧民街。主人公は医学生であり、貧民街に住みつく直前に復学し医師免許をとって町医者として生活を始めるあたり、一応インテリ階級なのだが、そのあたりは割とさらりと流して、どうしようもない憂世への嘆きを作品全体に通してしまう、一種無力感を浮き彫りにするような筋運びは、皮肉やスラングに満ちた文体を通して、逆に印象に残る。「フランスのお文学なんてお堅そう…」なんてありがちな先入観で二の足を踏んでいたが、全然そんなことは無く、むしろ後述の某自己破壊小説に近いくらい。

・CIA秘録(ティム・ワイナ―)
読書メーターの上巻感想にはああしたネタを書いたが、まぁCIAなんて大体のフィクションでは硬直しきった官僚組織として描かれているような気もする。とはいえその実情を、成立から現在まで圧倒的な物量(※注釈の章の量がこれまたやばい)で描き切ったこの本を読むと、なおさらあのダメダメ感に実感らしきものを覚えてしまうのでした。
僕が多くの陰謀論に対してどうしても疑い深くなってしまうのは、やはりああいったものはえてして「組織は多数の人間によって運営される」という当たり前の前提をどっかにぶん投げて、少数の陰謀屋の万能性に拠りかかっているからなのだ。例えばCIAの失敗として名高いピッグズ湾事件。フィクションでは「たった一人内通者が居た」というような事項に失敗の原因全てが集約されることが多いし、空爆支援の中止についてはケネディ大統領の弱腰のせいにされる。だが実際には(※この本を信じるならば、という前提は勿論付くが)亡命キューバ人を1500人も集めて訓練する段階で情報などダダ漏れだったというし、ケネディ一人の愚策に責を求めるよりはむしろ組織間の連絡や、「成功すること」より「実行すること」に重きが置かれて暴走した事前準備などに原因を見るべきだったようだ。
この本は基本的には長官や担当官、そして政治家など、陰謀屋のリーダー的な人物に焦点を当てているが、やはり肝心なところでは「当たり前の前提」を失わず、組織としての成功と失敗を詳らかにしている。
「よく聞くCIAって実際にはどんな組織?」という疑問の答えを求めるにも、冷戦前・中・後の20世紀アメリカの黒歴史を知るにも、ただ単純に民主主義社会における組織の理不尽さを見るにも、非常に有益な上下巻。

・Fate/Zero(虚淵玄)
漫画やアニメ、ライトノベル、ゲームその他諸々、命をかけた極限の殺し合いゲームに参加する登場人物らってのは何とも「極端」だ。勝利によって叶えられる願いのため、あるいは戦いそのものから得る愉悦のため、己自身を一つの感情のみで出来た存在へと律して削りあげていく。しばしばその極端さは、ゲームそのものの厳しさ面白さよりも読者に強い印象を残す。例えば我妻由乃ちゃんは愛が重すぎて可愛い
この小説にしても、どいつもこいつも己の律に対して忠実で極端だ。そのようにして、あるものは破滅し、歓喜し、あるいは己を見出す。三人の王が聖杯にかける願いをそれぞれに語る「聖杯問答」など、それぞれの王がどれだけ自らの律に対して極端であったかを示すその激しさは、決闘そのものに勝るとも劣らない。
そしてその「極端さ」は、この物語の終わり…次の物語の始まりでもある…に、切嗣が、己が持てなかったもの、そして息子が持ったものとは何なのか、そのたった一つのことが明かされるそのときに、やりきれないほどの美しさをもって心に迫る。
まだまだその「極端さ」を持てていない少年が偉大なる王に魅せられて遂げる成長劇もまた、あらゆる意味で読者に与えられた救いだと思う。あれは熱い。
アニメの第二シーズンも楽しみですな。第一シーズンはさすがのクオリティだったけど、やや自主規制に足を引っ張られるところもあり、また、文字情報量の過剰さを処理しきれてないところもいくつか見られ、もっと突っ張ってほしいな、とも感じました。人間オルガンとか、ぱんつはいてないとか、な!
それと、不届きなことに自分、原作ゲームはまだやってないンですよね…総プレイ時間100時間と聞いて尻ごみしており…日頃「MGSファンを名乗ってる癖に1は古いからってやってない奴は死ね」とか喚きまくってるのに…これは良くない、良くないな…。

・悪童日記、二人の証拠、第三の嘘(アゴタ・クリストフ)
「悪童日記」「二人の証拠」と続いて「第三の証拠」へと至る三部作。はっきり言ってどれもそれぞれに亡命文学の傑作なのだが、単独では無く連作として見た場合、「こういうのもあるのか!」という驚きがなお強まる。というのもこれら三部作、舞台や登場人物に共通点はあるものの、しかしそれぞれ大きく設定が異なる。しかもその差異も「小説自体が主人公らによる手記であり、その真偽がわからないゆえに、どれも真実でありどれもが虚構である」という事情の上に揺れているのだ。例えば第一作では「ぼくら」という一人称複数をほとんど一人称単数のようにして使って日記を書いていた双子は、第三作では双子などでは無い他人であることになっている。そもそもこの連作、具体的な国名や年代を明かしていないため、どこの国のどこの出来事とも取れる。作者があえて母国語を使わずに書いたと言うことと併せても、こういった曖昧さがかえって真実味と切実さを持った普遍性を与えている。
作者は2011年の7月に亡くなったそうだ。ほかにもいくつか短編を遺しているようなので、それらも拾っていきたい。
ところでこういう、巻数をタイトルの中に入れる命名法ってなんか好きです。フルメタ短編とかゼロ魔アニメとか。

・ソラリスの陽の下に(スタニスワフ・レム)
やっと読みました許して下さいお願いやめてぶたないで。
レムを初めて意識したのはMGS3限定版の付属冊子だったと思います。ゲームそのものにはあんまり関係なく、冷戦の時代を生きた著名人の話を集めており、小松左京やら角川春樹やらも連れてきていて、妙に豪華な一冊でした。レムの文章としても久々の邦訳だったらしく、某プロジェクトの大将も驚いていましたね。その頃僕は小説など殆ど読んでいなかったのですが、あの息苦しい時代、その中心部たるソ連にあって作家として「同志」とともに生きたある日を回想した文章が印象に残ったものです。
亡くした恋人との邂逅というある程度わかりやすい形式は端から崩すためにとられているのですが(映画版では崩さなかったようだ、それでうまく行ったのか?)、それゆえに、全てを知りえることは無くとも探求を続ける主人公の、複雑さを増していくその考え方が浮き彫りになって、ソラリスの海というあまりにユニークな地球外生命体とのコンタクトが伝えられます。
あえてファーストコンタクトものとしてのスタンダードな形式もとっていません。研究して、遭遇して、感動して、というような劇的な最初の瞬間は、本編のずいぶん前に過ぎたようです。そしてそれゆえに逆に、主人公が「海」と接触する様は、本人にとっては新鮮さを増しているかのように思えます。コミュニケーションの可能性と不可能性、今ではどちらかといえば人間の機構や社会の生成というところに軸足を移して語られることですが、ひたすらに未知であるものへの探求を描くには、やはりこういうのがどうしようもなく強い。
タルコフスキーとソダ―バーグによる二本の映画版、それと検閲食らってないバージョンが載せられた愛蔵版との相違をまだチェックしとりませんね。サイバネティックス的な部分が当局の不興を買ったのでしたっけ。なにゆえそんなところに。歴史の問題としても面白いな。じゃぁ「サイボーグスペツナズ軍団上陸!」みたいなアホ映画は時代考証的にダメなのか。

・あなたの人生の物語(テッド・チャン)
やっと読みました許して下さいお願いやめてぶたないで2。
ロジックやガジェットの稠密さよりアイディアの精密さで攻めてくるSFってそういやあんまし読んでないな、と思ってたところで侵攻してきた圧倒的名作短編集。地球外生命体の文章記述法から時空認識の形態へ、研究者であり後に(現在でもある)母ともなる語り手の、回想(というのも正しくない)によってしめやかに語られていく表題作は現代の最先端をいくSFでもう言うまでもなく素晴らしい。それでいてバベルの塔やら精子ホムンクルスやらといった、今や懐かしさの果てに失われてしまった主題やら学説を下敷きにして、それでもまぎれもなく「いま」のSFアイディアを押しだしていく緒作もいい。いま流行りの意識の存在の問題だけではなく、これまた外せない生命科学にともなう倫理問題のあれこれについても書いてのけてしまうのですね。表題作と同じく小説としての構造自体からSFとして攻めてくる「0で割る」も美しすぎる。
個人的には「理解」のスーパー人間が好きですね。百舌谷さんの対ジジイ過去エピソードの元ネタってこれかよ。相変わらず妙なところを突いてくるなぁあの漫画は。
(日本の訳者やファンからも直接イジられるほど)寡作な作家らしく、日本で出た単行本はまだこれだけのようですが、最近SFマガジンに何度か載ってたようだし、そろそろ何か出るんですかね。これだってゼロ年代最高とか言われてるけど実は90年代がだいぶ混ざっているという。
そういやトップをねらえ2!の最終話タイトルってコレなんでしたっけ。1は見たんですけどね。

・戦争広告代理店(高木徹)
僕の好きなゲームの一つであるタクティクスオウガ、劇中の勢力図のモデルは、ユーゴ紛争だそうです。ドルガルア王はチトーだったりするわけですね。映画『アンダーグラウンド』なんかもいいですよね。しかし、この本で扱われてることは紛争そのものやそれに関わる人の様相だけに当てはまる話ではありません(もっとも、簡単な推移はしっかり書かれていますが)。
去年、漫画の表現規制にかかわる都条例の問題についてオタク界隈で騒ぎが起こりましたよね。オタク界隈から一般へと問題の重大さを伝える手段の一つとして、ニーメラーの「彼らがはじめに共産主義者を攻撃したとき…」がよく使われました。自分に直接かかわりが無いからと言って弾圧行為に無関心でいれば、いつか訪れる自分が弾圧されるそのときになって騒ぎ始めても遅い…という内容の詩です。あの詩を広める戦略、たしかに効果はあったのでしょうが、どうしようもなく致命的な弱さがあります。それはこの本で明らかにされていることと似ています。
ユーゴ紛争中に起こったとされている、セルビア人によるムスリム人の大量虐殺。このことを聞けば、誰もがあのホロコーストを思い浮かべるはずでした。しかしこのことを世間に広めて世論をムスリム人側に誘導しようとする「広告代理店」の担当者ハーフは、あえて「ホロコースト」という言葉を用いることを避け、新たに強烈なキーワードを選びました。それがあの有名な「民族浄化(エスニック・クレンジング)」です。この、まるで民族を汚物のように扱うことを想起させるキーワードはマスコミに送られる定期通信や政界を通して、世界中に広がり、やがて多国籍軍の対連邦介入へと繋がっていきます。
「ホロコースト」を使うと、「あのホロコーストとその問題を一緒にするな」という強い反発が避けられないのです。ましてや表現規制の問題は「所詮エロだ」という弱みがある以上、よりこの反発が効いてきます。
もっともその「民族浄化」の実態についても色々と疑義が挟まれています。実際の虐殺の証拠の有無、収容所の存在の不確かさ、ムスリム人側の残虐行為の存在。しかしそれらの不利な事実も、「代理店」は巧みな手腕で隠して世論を誘導していきます。報道に疑問を挟んだ現地の多国籍軍ベテラン司令官すら解任に追い込んだほど、苛烈かつ隠匿された戦略を以て。
「伝えたいことのみ伝える、伝えたくないことは伝えない、しかしあからさまな嘘はつかない」という報道編集の原則、ネットコミュニティに属する我々が「偏向報道」や「マスゴミ」といったキーワードで片づけてしまうことがどれだけ実際の世界で力を持っているのか、実感できるドキュメンタリーです。先程あえてエロ規制の問題に矮小化して例を挙げたように、戦争などの重大な問題以外にも様々に応用されているのです。「中国からの依頼を聞いてハーフが出発する」というラストで締めくくられていることが脅威をもって迫ります。決して胸糞のいい手段ではありませんが、そんなこと言って留まるよりは、しっかり応用すべきなのでしょう。
あ、テレビ番組版も見たいですね。

・ファイト・クラブ(チャック・パラニューク)
「えー自己実現?キモーイ!自己実現が許されるのは大学生までだよねー!」
「そうだ、自己実現に本質は無い。自己破壊こそが本質だ」
勿論フィンチャー監督の映画から参りました。最近コメンタリー聞いたけど、監督と主役一緒になっての批評家叩きが面白い。小説は絶版しているのでなかなか手に入らなかったのですが、twitterで「読みたい」オーラを放っていたら、親切な方から恵んでもらえました。感謝。
「ぼく」とタイラーの出会いの場面が映画とは違ってまた素晴らしい。ヌードビーチに柱を五本ほど突き立てて、影絵で仏さまの掌を造るんですよ。んで、そこに坐るの。掌は一瞬しか象られないけど、完璧な一瞬にはその価値がある。
映画では話が進むにつれタイラーの先鋭性についていけず疎外されていった「ぼく」が原作では協力的な分、一人称で語られる自己破壊の物語にはより切迫性がありますし、また、ラストも違います。この違いは現世利益と欣求浄土の違い、と纏める事が出来るかも。先程出会いのシーンについても触れましたが、仏教的な無常感を思わせるモチーフが多いです。
パラニュークの他の本、あまり手に入りませんよね。新作も訳されてないみたいだし。出版社や訳者のトラブルが噂されてるんでしたっけか。ファイトクラブの訳は非常にキレがあって素晴らしかったけど。
あと、フィンチャー監督と言えば最新作のドラゴンタトゥーの女を観に行きたい。
ぼくはレイモンド・K・K・K・K・K・ハッセル君だ

・族長の秋(ガルシア・マルケス)
ラテンアメリカシリーズのひとつ。バルガス・リョサのノーベル賞受賞を受けての集英社文庫の復刊でしょうかね。他にはボルヘスの『砂の本』など。
年度初めに読んだ『ペドロ・パラモ』もそうでしたが、残酷な父性を帯びた、醜い暴君による、小さな国家の独裁の様子が、時間と空間の交錯した構成によって描かれています。簡潔な文体であった『ペドロ・パラモ』に比べ、こちらは段落改行が全くないまま、語り手の切り替えも交えてひたすらに続く、装飾的な文体です。とはいえ不思議と読みやすく、それは何故なら、牛馬が走り回り妊婦が糞と子をひり出す異様な空間が形成された宮殿の様子が、異様なままに鮮明に伝えられるからです。ときおり入る「大統領」の母への呼びかけ、「おふくろよ、ベンディシオン・アルバラドよ」は孤独に苛まれる彼の叫び。もはやブラックユーモアの域に入りかけている彼の残虐な行為との対比と併せて、深い味わいを与えます。
最近だとネットではメキシコの世紀末っぷりがよく話題になりますが、ああいうイメージに合わせて読むのも一興かもしれません。南米というコンキスタドールの矛先の地での社会成立の歪さ、20世紀の歴史にも見える未熟な国家の芽生えとその虚構、そういった事情をあわせて、この「マジックレアリズム」世界を彷徨うべし。


○全貌
読書メーターの機能を利用したリストです。昨年は全てにコメントを書くようにしてたので、結構な量に。

2011年の読書メーター
読んだ本の数:51冊
読んだページ数:16576ページ
ナイス:84ナイス
感想・レビュー:51件
月間平均冊数:4.3冊
月間平均ページ:1381ページ

伊藤計劃記録:第弐位相伊藤計劃記録:第弐位相
この一年、ちびちびと読んでいた。亡くなってからもうすぐ三年となり、ますますこの作家の視点の鋭さへの憧れは募る。主にはブログのまとめである以上、書籍としては少々無理矢理な部分は目につくのだが(URLに言及のあるとこなどは削除されてる)、手元にバイブルとしておけるというだけで有難いのがファン根性。これからもしばしば参照させてもらうだろう。なんというか、よろしくお願いします。
読了日:12月31日 著者:伊藤 計劃
隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)
クリスマス中に読む、全てを呪咀しながら読む、という計画はアレしました。それはそうと、噂通りの酷い話だ。戯画的なまでに閉鎖された郊外住宅地の、社会から閉鎖された住宅の、さらに閉鎖された地下室の中で繰り広げられるあれこれ。しかも地下室は元は核シェルター(=冷戦パラノイアの名残)だったというのもまた、裏スタンドバイミーというか闇アメリカンビューティーな構造に寄与している。文体的にもシンプルな一人称で見る側の狂気を示す。個人的には、小学生時代の先生…基本はまともだが、今思い返せば共同責任主義が病的だった…を回想。
読了日:12月31日 著者:ジャック ケッチャム
ディファレンス・エンジン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)ディファレンス・エンジン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)
冒険や陰謀といった聖杯探求的な部分が比重を増し(特に第四章)、激変的な盛り上がりを呈しながら、最後は細部にスプロールするように締めくくられる。この構造も、(恐竜の暗喩と同様)技術と社会の変革をたとえているものだろう。レイディ・エイダの演説や巻末の解説にあるように、自己言及を骨とした知性の考察は電脳三部作では薄かった部分であり、最後に明らかになるこの小説というテキスト全体の正体にも繋がる気持ちよさがある。
読了日:12月29日 著者:ウィリアム ギブスン,ブルース スターリング
ディファレンス・エンジン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)ディファレンス・エンジン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)
これは大傑作ではなかろうか。存在したかもしれない蒸気機関社会の暗喩でもある恐竜の扱い方が特に面白い。足をまっすぐに伸ばして陸上を歩む復元図はまさしく現代のものだが、絶滅の原因である隕石落下については未だ激変説的な捉え方を脱していないのだ。科学的に分析する力を手に入れながらも世界観の革新が完全ではない、現実の歴史に科学が果たした役割をも探る架空史。読みにくいと言われてたから敬遠してたが(笑)、むしろスターリングのアイディア鉱脈をギブスンが整地してくれてるような。
読了日:12月29日 著者:ウィリアム ギブスン,ブルース スターリング
フルメタル・パニック! アナザー2 (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック! アナザー2 (富士見ファンタジア文庫)
楽しげな新キャラや新ASも顔見せされ、主人公とヒロインとの距離にも戦いへの姿勢を通して変化の兆候が見られ、ますます楽しくなってきた。本編長編ほどではないながらも、一巻よりも一つの話としてまとまっていると思う。ラムダドライバほどの威力はなくとも、それだからこそロマ…ロックのある主人公機、ボスサベージなど、性欲を持て余す。
読了日:12月21日 著者:大黒 尚人
紅い花 他四篇 (岩波文庫)紅い花 他四篇 (岩波文庫)
象徴の狂気にのめり込んでいく表題作は無論、戦争のあとにこそ残る凄惨を皮肉的な語り口で綴る「四日間」、温室という閉鎖された舞台で「出る杭」でしかなかった樹を描いた「アッターレア・プリンケプス」、と粒揃い。それとこれはリズムある訳も心地よい。
読了日:12月21日 著者:ガルシン
あかね色シンフォニア (一迅社文庫 み 3-3)あかね色シンフォニア (一迅社文庫 み 3-3)
DTMは全然知らなかったけれど、初心者にも興味を持たせる語り口で、なかなか。百合分も補給。しかしキャラが多い割に出番に差があるし、これで続きがないのは残念…特にお姉ちゃんw。あまがみの方も読んでみよう。
読了日:12月21日 著者:瑞智 士記
伊藤計劃トリビュート伊藤計劃トリビュート
故人の小説は一人称で統一されていたが、あえてそれにそっくり従うことなく、「意識とは・フィクションとは・人とは何か」といった主題にメタ視点も交えて切り込む姿勢に好感。どちらかと言えばハーモニー系統の、個人の意識の変容にスポットを当てた作品が多いが、自明さの喪失(C・神林長平)という虐殺器官的な要素も見逃せない。頭の二作と後ろの二作が特に好き。もう少し詳しい感想も書きたい。
読了日:12月21日 著者:里野佐堵, 船戸一人, 水なづき蕎麦, 谷林守, 春眠蛙, 坂永雄一, clementia, 伴名練
夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)
フランスに戻り、医大を出て、貧民街でこれまた夢も希望もない医師生活を始める主人公バルダミュ。舞台規模は前巻より狭まり、彼に付きまとうようにして現れるロバンソンとの対比が中心となる。教育の重要さをながらもあえて自らの学生生活は詳述せず、バリトン先生への教育の皮肉な結果をぶちまけるあたりが実に「らしい」。巻末解説に引かれたトロツキーによる評は的を射ており、同時に大々的な変革を夢見ずにしかし事を綴る様には共感を覚えてしまったり。
読了日:11月16日 著者:セリーヌ
夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)
狂奔のうちに戦場へ、復員してもなじめぬまま、搾取の地アフリカへ、そして現代の地アメリカへ。戦争と平和、未開と文明、互いに行き来しても破滅的な本質は変わらない。不満をぶちまけるような、しかし達観したような、されど俗っ気は保ったまま、感嘆符や倒置を活かした烈しい文体で綴られる世界。
読了日:11月15日 著者:セリーヌ
CIA秘録〈下〉―その誕生から今日まで (文春文庫)CIA秘録〈下〉―その誕生から今日まで (文春文庫)
フィクション上の万能組織はおろか、「君達の成功は秘匿され、失敗は喧伝される」という例の標語すら大嘘だというお話。元首に媚びなければ動けず、議会の圧力もまともに働かない。諜報機関の欠陥からもはや民主主義そのものの欠陥すら容赦なく暴きだす力作。下巻は911以後のCIAとアメリカが冷戦期と比較してもどれだけヤバかったかという話がやはり見所。
読了日:11月02日 著者:ティム ワイナー
CIA秘録〈上〉―その誕生から今日まで (文春文庫)CIA秘録〈上〉―その誕生から今日まで (文春文庫)
久々にワロタ こういうかなりどうしようもない泥沼官僚組織が本当のCIAなんだよな 下手なフィクションはやたら万能の陰謀組織として扱おうとするから困る
読了日:10月19日 著者:ティム ワイナー
Fate/Zero(6)煉獄の炎 (星海社文庫)Fate/Zero(6)煉獄の炎 (星海社文庫)
少年期の終わり、希望の果て、願いの代償、そして相克する虚無。すべてがゼロに向けて収束していく(1から先つまり原作もやらにゃあな)。「誓い」に答えを見出だして未来へ繋がられるラストがとても美しい。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(5)闇の胎動 (星海社文庫)Fate/Zero(5)闇の胎動 (星海社文庫)
呵々々々、覿面じゃ喃。本格的に動き出した綺礼さんの悪辣さに震えるばかり。そして雁夜おじさん…。切嗣の起源も語られ、綺礼との虚無性の違いもかなり見えてくる。そしてライダー陣営に癒される。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(4)散りゆく者たち (星海社文庫)Fate/Zero(4)散りゆく者たち (星海社文庫)
龍之介の哲学には自分も容易にはまり込んでしまう気がしてならなかったり、 …乱戦からまた乱戦へと連鎖する英霊たちのバトルの熱さと、陰謀から陰謀を紡ぐ魔術師達の冷たい戦い。この残酷な結末もまた覚悟の先にあるものだ。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(3) 王たちの狂宴 (星海社文庫)Fate/Zero(3) 王たちの狂宴 (星海社文庫)
邪道対正道、人間対ターミネーターの魔術師勝負とくれば燃えざるをえない。それ以上に胸に迫るのが三王の問答か。良くも悪くも「強固な極端さを保った人間」でなければならない王という存在の何たるかを問い、今一度キャラクターと勢力図を明瞭に。この頃からいよいよセイバーたん総受けである。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(2) 英霊参集 (星海社文庫)Fate/Zero(2) 英霊参集 (星海社文庫)
日常が終わり、緊迫の一騎打ちへ。そこに意気揚々と乱入する勢力、虎視眈々と監視する勢力。一気に宴が盛り上がるかのよう。ある意味で期待どおりの狂態を見せるキャスター、綺礼を唆すアーチャー、やっぱり惹かれるライダー、脇役も素晴らしい
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
Fate/Zero(1) 第四次聖杯戦争秘話 (星海社文庫)Fate/Zero(1) 第四次聖杯戦争秘話 (星海社文庫)
アニメから来ました。不届きながらゲーム未プレイ(ただしある程度のネタバレは知ってしまってる)。戦いの始まり、それぞれの覚悟を描く第一巻。アニメではカットバックで演出されていた切嗣と綺礼が互いの虚無性を畏れ惹かれるところが静かな胎動を感じさせる。
読了日:10月19日 著者:虚淵 玄,武内 崇
第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)
三部作の完結。とはいえ完全に明確な繋がりを定めることはできず、かといって勿論別個のお話であるはずもなく、そういった構造が、作品全体に通じる虚構・現実や匿名・署名、普遍・特殊の間の行き来とも絡み合って、亡命の物語をかたどっている。人称の使い方とフィクションの可能性についての考え方を変えた連作。
読了日:09月30日 著者:アゴタ・クリストフ
ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)
前作と間が空いてしまったけど読む。「ぼくら」という人称と語り口の使い方が衝撃的な前作と比べると“普通”に見えるのだが、終章でも言及されているような自明性の不確かさは常に漂う、これまた違った形で揺さ振ってくる作品。「どこにでもいて、どこにもいない」とは死者や兄弟のことであると同時に、この物語そのもののことでもある。さて、早速完結巻へ
読了日:09月27日 著者:アゴタ クリストフ
戦争請負会社戦争請負会社
(年代的に仕方がないが)「イラク以後」については触れられておらず、アフリカやバルカン半島の紛争を通して勢力をのばした数社を例に、この業界を分析する。無論その微細さは目を見張るのだが、それ以上に前半、貴族軍と傭兵と市民軍との関係の歴史をひもとき、「軍は官営されるもの」という現代の常識を覆すところが面白い。冷戦以後の紛争多発・軍縮傾向・世論迎合で軍に柔軟性が不足し、こうした“異色な天下り”である専門職が台頭する背景が合理性をもって理解できる。
読了日:09月19日 著者:P.W. シンガー
フルメタル・パニック! アナザー1 (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック! アナザー1 (富士見ファンタジア文庫)
つい様子見してしまったが、しっかりフルメタしているぜ。本編ファンへのサービスも利いているし。訓練業務提供型の民間軍事会社という設定も巧く、ソ連製のシャドウを使っているというあたりがくすぐる。時代にあわせて(←)主人公とヒロインの役割逆転か、と思ったらそういうわけでもなく、民間出身の主人公も特性を生かして活躍するよう。ヒロインのボケ方も宗介ともまた違った味が。ただ、もう少し一冊なりの締めをしてほしかったか。それじゃ私、ASの名前考えるね。
読了日:09月19日 著者:大黒 尚人
フルメタル・パニック!  マジで危ない九死に一生? (富士見ファンタジア文庫)フルメタル・パニック! マジで危ない九死に一生? (富士見ファンタジア文庫)
久しぶりのギャグ短編集。300回のこりゃやらざるをえないよね感も好きだけど、やっぱりテッサの墓参りがいいですね(毛色としてはサイドアームだけど)。墓参りの意味を教えあい、これからも生きていこうとする強さが伝わり。「もう一人の根源」である彼の謎が最後に解け、そこから歩みだすというおわり方。しかしテッサとレモンとのフラグは回収されないんでしょうか(笑)
読了日:09月19日 著者:賀東 招二
オーウェル評論集 (岩波文庫 赤 262-1)オーウェル評論集 (岩波文庫 赤 262-1)
帝国主義の理不尽を自らの体験を元に縮図的に描いた最初の二編や、ユダヤ人差別やナショナリズムや出版の自由と規制(自粛)をそれを受容する社会や人々の様相から分析した最後の三編が面白かった。正しさを顕示するための建前、自粛が高じた結果の全面的な沈黙などを正面から非難する姿勢は見習いたい。文学知識の不足ゆえ、文学批評系は理解しきれなかったものも多いのが無念。ところで、一年前に買った本を今崩すとか、いよいよつんでる。
読了日:08月16日 著者:ジョージ・オーウェル
鉄コミュニケイション (2) (電撃文庫)鉄コミュニケイション (2) (電撃文庫)
やっぱりバトルシーンの素材がいい…ガジェット趣味を駆使したメカニック・プログラム・タクティクスの細かさ。絶望への落とし方も相変わらず。しかしオリジナル作品に比べると突き放した面が少ないかな、とも。それゆえに人と機械とその間との心温まる関係がはっきりと描かれてるのだけど。原作は未読だったりする。ところで備蓄の瑞分はあと3、EGコンバットのみだ…
読了日:08月16日 著者:秋山 瑞人
鉄コミュニケイション1 (電撃文庫)鉄コミュニケイション1 (電撃文庫)
繰り返しの表現とか、ソフト面にこだわったバトル描写とか、やっぱりいちいち「巧いな…」と呟かずにいられない
読了日:08月16日 著者:秋山 瑞人
涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)
上巻読了後何となく二月近く積んでいたが、一気に。陰謀以降特に顕著な傾向なのだが、やはりキョンが決意を固める自問自答パートが長い。しかしそれも現在を大切にしようとする心の表れとして、分裂現象とともにある程度綺麗にまとまる。佐々木のキャラ造形は、オチ含めてかなりイイ。SF設定部分はやはりぼかしたまま締めるんだが、まぁそれは続編期待、ということで納得すべきだろうか。どうでもよさげなことだが「やっちまったか」「エロ本」とかを抑制してないのは、がんじがらめ気味なシリーズを抜ける一歩かも(笑)
読了日:08月01日 著者:谷川 流
恐るべき子供たち (岩波文庫)恐るべき子供たち (岩波文庫)
姉さん…。
読了日:07月27日 著者:コクトー
史上最大の作戦 (ハヤカワ文庫NF)史上最大の作戦 (ハヤカワ文庫NF)
「戦場の霧」がまだまだ濃かった時代、その最大の上陸作戦に関係した史料や証言を纏めあげた一冊。次々に変わる証言視点が、寄り集まって戦争の姿をかたどる。ドイツ上層部の失策(ロンメルの休暇、前後を通じての楽観ムード、虎の子の機甲師団の出し渋りetc)が連合軍に増して苦々しい。ただ自分、このへんの人名地名には疎いもので、もっと戦史知識を蓄え地図を広げて読むべきだったかもしれない。
読了日:07月23日 著者:コーネリアス ライアン
砂の本 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)砂の本 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)
吉良上野介に関する記述の「誤り」に(それくらいしか詳しくない)僕は嬉々として飛び掛かろうとしたのだが、ふと、「誤り」と断ずるのは何を以てのことかと思い止まる。無論、今までに読んだ本から得た記憶を根拠としてのことだが、それを思うと、自分の中の迷宮(あるいは帝国の地図)の小ささに恥じ入り、同時にその深みを求める衝動に追われるしかないのだった。旅の栞の一冊としたい。
読了日:07月14日 著者:ホルへ・ルイス・ボルヘス
極大射程〈下巻〉 (新潮文庫)極大射程〈下巻〉 (新潮文庫)
「不器用な男たちだぜ…」と呟ける作品は良い作品。まさに狙撃そのもの、と言うべき忍耐から開放へのカタルシスもあるし、大満足。こうして読むと、あの映画は相当アレなんだな…。続きも読もうかな。何より“忠臣蔵”が気になるしw ところで冒険小説のプロ賛美・政治&マスコミ批判ってのは、パターン化していてもいちち気持ち良くなってしまうな(笑)
読了日:07月04日 著者:スティーヴン ハンター
極大射程〈上巻〉 (新潮文庫)極大射程〈上巻〉 (新潮文庫)
ええ、少々ことが複雑になってきて…
読了日:07月04日 著者:スティーヴン ハンター
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)
勿論焚書のことのみを取り扱っているのではなく、人類と文化とその媒体となる頭脳とを極端な状況でわかりやすく論じている。次第に自由に鮮やかになる主人公の視線は本の成果だろう。クラリスやビーティ、教授といった魅力的・示唆的な人物も。しかしあくまでお伽噺或いは風刺を旨とす。まるで竹林七賢のような解決法(語り部の有効性というのはわりと大真面目に論じられたりするらしいけど)や戦争の捉え方、人と機構との間に働く悪意の作用が密に描かれてるわけではなく、1984程は揺さ振られなかった。ところで出版不況と結び付けた解説は下ら
読了日:06月22日 著者:レイ ブラッドベリ
ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)
やっと読(ry)。未知は未知のままに。つかずはなれずの接点。主人公により調査活動に劇的な進捗が起こるわけでもないという点でも、それは徹底されている。ただの宇宙探索ものに留まらない、人と海とを通して「不完全な神」の周辺で揺れる生命の姿を、幻想的な光景、科学的な考察、人間的な心情の各方面から描きだす、外宇宙以上に内宇宙に入り込む鋭さに飲み込まれた。検閲削除箇所と(レムが罵倒したという)映画版もチェックせにゃ。
読了日:06月09日 著者:スタニスワフ・レム
マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)
豪華予告編集。逆に言えば、本編の大事なとこを整理してくれてもいるということ。変更された設定もいくつか見え、興味深い。短篇で死体の冷凍保存ネタなんかをさらりとロマンティックに使ってしまうあたり、気前がいいよなあ。アノニマスがますます楽しみになるのは勿論、スクランブル改稿版も読みたくなってきた。旧版では些かぶつ切りに見えた成長過程(精神傾向や戦闘技術、etc)がより筋の通ったものに改められたようで。
読了日:05月29日 著者:冲方 丁
族長の秋 ラテンアメリカの文学 (集英社文庫 カ)族長の秋 ラテンアメリカの文学 (集英社文庫 カ)
ラテンアメリカ版裸の王様?改行が全く無く、それでいて断りもなく話者が切り替わったりするのだが、不思議と読み進められる。そしてこのような眩暈を催す形式だからこそ、孤独な独裁者の姿無き姿が内から外から象られうるのだろう。人間離れしているようでどこまでも人間臭く、混沌とした国家と宮殿と自己とどこまでも癒着し、かつ乖離している権力者の詩。さて、積んでる百年の孤独も崩すか…。
読了日:05月26日 著者:ガルシア=マルケス
シャドー81 (ハヤカワ文庫NV)シャドー81 (ハヤカワ文庫NV)
その手が有ったか、なハイジャック小説。計画の積み上げも実行も駆け引きもスピードがあって、特に終盤はハラハラ。サンタさん大好き。超性能なヒコーキは一種の外挿と捕らえりゃ楽しめりゃおk。ベトナム戦争を背景とした政治と大衆の愚かさへの風刺も利いてるので(冒険小説らしい格好良いプロが表なら、役に立たない滑稽なアマは裏側)、そっちの楽しみも。後日談はもうちょい盛ってくれてもよかったかな、とも。
読了日:05月16日 著者:ルシアン ネイハム
フルメタル・ジャケット (角川文庫)フルメタル・ジャケット (角川文庫)
映画から来ますた。ある程度の筋は共通しているものの、やはり違いは大きい。まず、映画で高く評価された訓練所シーンは原作の六分の一に過ぎず、そして映画は原作の三分の二で終わっている。何より、レナードとジョーカーがそれぞれ「一人の人間を殺すまで」を描いた映画とは異なり、出征後の原作ジョーカーはすでに何度かの殺人経験を経てある種の受容の境地に至っている。ゆえにあのトドメに劇的な意味は無いし、彼の皮肉趣味と戦場を見つめる視線は冴えを増している。原作のみのパートである密林行軍、そこの研ぎ澄まされた描写が特に素晴らしい
読了日:05月09日 著者:グスタフ ハスフォード
あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)
やっと読みました。あ、やめて、ぶたないで。それはともかく、流石な出来。エイリアンとのコンタクトから言葉と認識と時間の問題を切り開く表題作の鋭さは勿論のこと、前成説のような前時代的な題材を用いながらも生命機能の解明とそれに伴う倫理問題を描いてのけてしまう「72文字」の器用さにも惚れる。様々な立場の人が技術進化に伴う価値観の変容を論じる「顔の〜」や、構造が美しい「0で〜」も好き。巻末解説にSFとFTの違いとして「前提としてテクノロジーがあるか神的な意志存在があるか」というようなことが書かれてますが、なるほど、
読了日:05月09日 著者:テッド・チャン
ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)
要するに「嘘は言ってませんよ。自分の利益に必要な事項しか言わないだけですよ」という、口喧嘩から報道まで通じる方法論。アレを徹底的に洗練し、戦争という極限の舞台に容赦なく応用した例と言える。 正直、胸糞悪い。が、そんな個人の感触など実質的には無意味であり、使うべきときは使う方法であることを認めて、知らねばならないだろう…個人も、集団も。彼我の相対化のもとの対話なんて、あらゆる意味で「余裕」が無ければ出来ないものなのだ。
読了日:04月18日 著者:高木 徹
ブラックホーク・ダウン〈下〉―アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録 (ハヤカワ文庫NF)ブラックホーク・ダウン〈下〉―アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録 (ハヤカワ文庫NF)
準備・戦闘・処理・検証を冷静に俯瞰したエピローグは、映画では見られない部分であり、また、この事件を総括する重要な章だ。「外の世界はソマリアを忘れた。国際社会の善意という大きな船は、出帆してしまった」、エピローグで語られるこの言葉は、忘れられかけたこの戦闘の一面を示している。解きほぐしようのない第三世界の問題にアメリカが積極的に介入しなくなった(言いかえれば看過しがちになった)一因としてのブラック・シーの戦闘。政府・指揮官・現場の間の齟齬は戦争状態でなくとも検証され続けるべき現代の難題だということを再認識。
読了日:04月08日 著者:マーク ボウデン
ブラックホーク・ダウン〈上〉―アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録 (ハヤカワ文庫NF)ブラックホーク・ダウン〈上〉―アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録 (ハヤカワ文庫NF)
映画から来ますた。淡々と米軍視点で現代戦を描いている映画と異なり、政治や軍事の背景も詳述され、何より現地の民兵や市民の視点からも事件が描かれているのが良い。次々に切り替わる視点人物の心情描写として現地の状況や情勢が語られているゆえ、実録物と言うより小説を読むような感触があるが、その形式を実現した膨大なインタビュー活動と構成力に頭が下がる。
読了日:04月08日 著者:マーク ボウデン
SAS戦闘員―最強の対テロ・特殊部隊の極秘記録〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)SAS戦闘員―最強の対テロ・特殊部隊の極秘記録〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)
下巻。連隊に入ってからの修練と任務。山場は中盤の突入演習、そして終盤の麻薬撲滅作戦だろう。前者は「ホントにこれ実戦じゃないのか?」と思わされる程、真に迫った様子が描かれる。実弾を用いる訓練や演習で仲間同士の信頼を高め、ときには政府首脳を参加させ、彼らとの信頼関係をも深めることの重要性も説かれる。後者の作戦は、中南米某国の麻薬工場襲撃。地元警察を訓練し、彼らとともに山中に潜伏、綿密な偵察の後の実行。麻薬戦争の堂々巡りを自覚しながらも、仕事をこなす本当のプロフェッショナルの姿が見える。終章の訴えも切実。
読了日:03月26日 著者:アンディ マクナブ
SAS戦闘員―最強の対テロ・特殊部隊の極秘記録〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)SAS戦闘員―最強の対テロ・特殊部隊の極秘記録〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)
初めて見た「人の死」、荒れた生い立ち、陸軍への入隊、アイルランドでの任務、そしてSAS選抜訓練。『ブラヴォー・ツー・ゼロ』ではさらりと書かれた、湾岸戦争以前の著者の半生、上巻。訓練と行軍、サバイバルの過酷さは読んでて渇いた笑いが出てくるくらい。また、特殊部隊だからこその自由さとユーモアの趣味にも学べるところも多いと思う。あと紅茶は大事。
読了日:03月26日 著者:アンディ マクナブ
パルプ (新潮文庫)パルプ (新潮文庫)
なにこれひどい(もちろん褒め言葉)。ダメ探偵どころかクズ探偵とでも呼ぶべき主人公が、よくわからん依頼人達からよくわからん依頼を受けるが、基本的には酒場や競馬場に入り浸ってばかり。たまに思い出したように捜査も行うが、まともに進まないどころか更なるトラブルを招いてばかり。しかし思い出したように放つハードボイルドなアクションや台詞もけっこうカッコイイから困る。開き直った題名に、やりたい放題な登場人物、進まないようで進む筋、そして超絶ダメ主人公。これはこれで強烈なスタイルなのだろう。ゲラゲラ笑いながら読むべし。
読了日:03月01日 著者:チャールズ ブコウスキー
戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
「ベトコン一人殺すのに5万発」というのは聞いていたが、その裏にある心理学的理由についてはしっかりと理解していなかったように思う。「そもそも人殺しへの抵抗感は強烈なものだ」という当然と言えば当然ながらも真には軽視されがちな事実をもとに、豊富な実例と学説を引いて解いている。戦いと殺しに関する、様々な「常識」を揺さぶる一冊。
読了日:02月21日 著者:デーヴ グロスマン
魂の重さは何グラム?―科学を揺るがした7つの実験 (新潮文庫)魂の重さは何グラム?―科学を揺るがした7つの実験 (新潮文庫)
「魂の重さ」の存在とその測定法については中学の時に友人から聞いて驚き、その頃は殆ど疑いもせずに信じ込んでしまった。高校生になって疑い深くなり、しかし即断癖は抜け切っておらず「どうせ頭のおかしい科学者による奇説だろう」と片づけ忘れ去っていた。この本によって、久しぶりにその問題を思い出し、そして、仮説を立てて論理的に科学検証することの大切さと困難さを知れたように思う。魂の重さ問題以外でも、面白いところはたくさん。機械説・生気説論争など、当時と現在の常識の差異やそれに伴う論理展開の違いが興味深い。
読了日:02月08日 著者:レン フィッシャー
ファイト・クラブ (ハヤカワ文庫NV)ファイト・クラブ (ハヤカワ文庫NV)
ぼくがこれを知ってるのは、タイラーがこれを知ってるからだ。詩的と言うべきか、現実と虚構、過去と現在、具象と抽象を軽妙に行き来する文体で目を眩ませる。物質文明の中で肉体を屹立させ破壊衝動を探求していった先に待つラストでは、映画とは対称的な絶望と希望の形が示されている。映画版よりも、仏教的な刹那性が押し出されているのでは。特に原作とは違う、タイラーの出会いの場面。あの「掌」は孫悟空が落書きした御釈迦様の手を思い起こさせる。ぼくはレイモンド・K・K・K・ハッセル君だ。ところでこの作家も翻訳止まってるのね(泣)
読了日:01月25日 著者:チャック パラニューク
ブラック・ラグーン 2 (ガガガ文庫)ブラック・ラグーン 2 (ガガガ文庫)
ロットン大勝利。邪気眼ポエムとケータイ小説の奇跡の婚姻(笑)がなされている。様々なビッチを網羅したかったんだろう。そうに違いない。原作の復讐編はシリアスな展開で「街を描く」ということに拘っていたけど、このノベライズはギャグ交じりの展開でそれを補完している。特に、原作で描かれた二面性だけではイマイチ掴みにくかったエダの立ち位置が定まった。多くのキャラの本名がわかるのもちょっと嬉しい。ところでシェンホアさんは前作でも今作でも戦闘スタイルの弱点暴かれてたし、今作のラストでは(中略)だったりするので色々苦労症だ。
読了日:01月25日 著者:虚淵 玄
オデッサ・ファイル (角川文庫)オデッサ・ファイル (角川文庫)
これまでに読んだフォーサイス作品と比べても人物配置や展開に御都合主義が目立つが、やっぱり一冊の日記の発見が一国家の存亡の危機まで繋がって行く様子には燃える。「国民全員が罪の意識を共有しようとする動きが、かえって元ナチスを助けている」といった考え方をはじめとして、戦後処理と戦後社会の問題点にも多く言及されている。マサダ魂。
読了日:01月17日 著者:フレデリック・フォーサイス
ペドロ・パラモ (岩波文庫)ペドロ・パラモ (岩波文庫)
過去と現在、生者と死者。母と自分を捨てた父ペドロが支配する村を青年が訪れる場面から始まるこの小説は、父とそれに関係した人々が営んでいた荒廃した生活を語りだす。視点と時制を目まぐるしく変えることで、時間と生死の交錯するこのような表現が出来るということに驚いた。整理できてない部分も多いので、また読むと思う。間違いなく再読の面白さが抜群の小説だろうし。ラテンアメリカ文学にも注目せにゃ。
読了日:01月04日 著者:フアン・ルルフォ

2011年に読んだ本まとめ
読書メーター


○総括
総括、と書くとなんか血肉な光景が浮かびますね。何故でしょうね。
それはそうと、今年読んだものはわりと直接血肉になったんじゃないかな、と思います。というのも実録系がやはり直で体に馴染んでくれて。あの圧倒的な物量と己の適当な読書法ゆえに、抜け落ちてる部分の方が多いですが、最低限として引出しは形成された筈です。
来年度も似たような感じで、ゆるゆると読んでいこうかと。
小説に関しては、スラングとポエム混じりの一人称で世の中をさんざんに皮肉る、しかしそれでも生きていく、そんな作品を多く読んだ、ような。偶然とは思えぬ。
ではまた。


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プロフィール

Author:Solidrb
自他ともに認めるMGS(メタルギアソリッド)フリークス。
その証拠に、当初はもっと幅広く話題を扱おうかと考えていた(←大嘘)このサイトも、ずるずるとMGSネタオンリーブログになりかけてきている。

SFを中心に、様々な作品に触れようと目論んでいる。
が、生来のヘタレゆえ、なかなか数がこなせない。

twitterや読書メーターもやっているので、そちらにも是非いらしてください。

○注意書き
・コメント、拍手
常に餓えておりますので、古い記事にもぜひ気軽にどうぞ。名前欄はテキトーでもおkです。
(今後どうなるかはわかりませんが)全レス主義で臨みます。
コメントは承認制を採っていますが、スパム以外は基本的に消さない方針です。

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