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戦争における「人殺し」の心理学

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
(2004/05)
デーヴ グロスマン

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○導入 
戦争という異常な環境において、いかなる心理のもとに兵士は敵兵を殺すのか。なぜ殺すことができるのか。殺すときには何を考えているか。殺した後には何を思うか。その殺しが個人と社会にいかなる影響を及ぼすか。そもそも、どのようにして「人を殺せる兵士」は作り上げられるのだろうか。
 元軍人であり軍事学者であり心理学者である著者が、多くの文献からの参照と精力的な聞き取り調査、そして考察により「人殺し」の心理を解いている。
 作中で引かれているクラウゼヴィッツの「おぞましさのあまりに目をそむけたくなる部分があるからといって、その営為について考えまいとしても無駄である。否、無駄であるどころか有害でさえある」という言葉通りの、お勧めの一冊。

○感想 
そもそも、人は人を殺せないように出来ている。強烈な抵抗感を覚えるものだからだ。

本書はまずこのことを強調したうえで論を展開している。「戦争になれば、兵士は敵を殺す」とか「殺らなきゃ殺られる、だから殺る」といった題目は、驚くなかれ、当然自明のことではないのだ。たとえ自分が殺されかねない状況であっても、敵を殺そうとしない兵士は多く存在するという。

繰り返し言及される「第二次大戦時の発砲率は15から20%、しかし朝鮮では50%、ベトナムでは90%を越えた」という統計結果。また、現代の紛争でも、先進国軍と後進国軍の殺傷率比が数十対一になることなど珍しくない。これは装備や戦術、そして訓練の差ではある。
訓練の差。この本質は単なる量・質的な差のみには留まらない。そもそもの方法論的差が存在するのだ。それは何か。つまり、現代の訓練法に共通した特徴とは何なのか。

それは主には「条件付け」である、と結論している。パブロフの犬やスキナ―の鼠の実験で知られる、条件付け訓練法。それはすなわち、「人型が見えたら、撃つ」という条件と反応を体に覚え込ませ、判断を単純化し、成否に応じて賞罰を与え、躊躇や失敗を減らす方式であるという。第二次大戦以前の射撃標的は固定式の円形のものが主流であったが、ベトナム期ともなると可動式の人型のものが主流となった。これは、「条件付け」において非常に大きな違いなのだ。
この論から考えれば、あの『フルメタル・ジャケット』の新兵訓練場面は、「適切な条件のもとで反射的に射撃する兵士を作る」という現代的訓練法の特色についてはあえて描いていないといえるのかもしれない。

近年に確立された方式である「条件付け」以外にも、人類誕生以来脈々と受け継がれ磨かれてきた、「殺人を可能にする要素」は沢山ある。主には、これらの要因に分けて説明している。
権威者の要求。集団免責。殺人者の素因。犠牲者との物理・心理的距離。犠牲者の標的誘因。

一つ一つについて説明するのはここでは避けるが、自分が最も興味深く感じたのは「犠牲者との距離」の要因だ。
素手で一人を直接殺すより、爆撃機で数百人を間接的に殺した方が、精神的負荷は少ない。このことには、彼我の物理的距離と、心理的距離(特に機械を用いることによる)の影響が大きい。
初期の銃よりは弓の方が殺傷力は高かった。しかし、銃を用いた軍隊の方が強かった。これについても、「敵を肉眼で直接狙う弓より、照星を介して狙う銃の方が気が楽」という機械的心理距離の影響があると言う。

「奴らは自らを正義と思い込んで疑いもしない」「奴らは敵を人間となんて思っちゃいない」。
これらはよく聞く台詞だ。だが、これらは言いかえれば、
「正義だと思いこまなければ」「敵を同類だと思い込んでいては」戦争なんてやってられない、ということでもある。
こういった、戦争につきものである独善的な正義意識や非人道的な差別意識は勿論肯定できたものではないが、そういった精神傾向にある兵士らを「狂っている」として思考停止すべきではない。必要と必然があるのだ。こういった「距離」の概念で説明できるという。前者は倫理的距離、後者は文化的距離。これらの距離を意図的に作り出すことで兵士の殺人を容易にし、後々まで残り個人と社会に悪影響を及ぼす精神的被害の発生を減らしているというわけだ。

さて、先に述べたように、そもそも人は人を殺すときに強烈な抵抗感を覚える、という論に基づいてこの本は書かれている。しかし、その例外に属する人間の存在についても言及されている。
統計においては全兵士の2%、精神病理においてはソシオパスに分類されることもある、所謂キラー・インスティンクトを持つ、「人殺しに適した」性向の人間。
例えば、第二次大戦時の空戦における死者の40%は、1%の天才パイロットによってもたらされたものであったと言う。また、厳しく選抜される兵種である狙撃兵や特殊部隊員は通常の歩兵に比して圧倒的な殺傷率を挙げる。加えて、通常の歩兵でも、接近戦における殺人経験に罪の意識を殆ど負っていない例が少数ながら存在するという。
こうした希少な「ナチュラル・ボーン・キラー」の精神構造についても、多くの例を挙げて考察している。攻撃的性向と感情移入能力の程度がその精神構造を作る主要な二変数であるらしい。

思えばこれまで、戦争や兵士を要素としたフィクションやノンフィクションには多く触れてきた。先にあげたような「戦争物にはよくある台詞」も多く見てきた。しかし、それらを真に解体して理解しようとする試みは疎かだったのではないか。自分は「戦争もの」を巡る重大な問題に対して慎重であるというよりは、臆病で怠惰だったのではないだろうか。この本によって、また自らの姿勢を見つめなおさねばならないと感じた。

そんなわけで、豊富な実例と学説、そして考察によって、読む人の常識を揺さぶってくれる本だ。現実の兵士の心理状態や戦争の実態を知りたい人は勿論、戦争を題材にしたフィクションにおけるリアリティを追求したい人にも是非薦めたい。


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